今月もAmazonのカゴの本は五万超えです。絞れ
今月もAmazonのカゴの本は五万超えです。絞れ
最近の春秋関連のものを読むと、「私へのサービスですか?」というくらい管子にぶちあたって幸せ(決してメインでは無いけれど)
『孝経』読みました。
今後は、儒教の本に管仲が出るのは当然よねって顔しようと思います。(そんな記述はありませんが、管仲がの記載があり、大喜びです)
『古代中国の裏社会』ぱっと読んだあたり出土は居延、岳麓、張家山が中心。前漢がテーマのため、増淵(敬称略)の任侠に触れられたところでは、墨子がでてこなくて(それはそう)個人的には寂しかった。
作品解釈でたまに、この解釈が作者と違いませんか?というのがあるけれど、基本的に、作品を読んでどう思うか、解釈は色々です。ただ、いかにそこにどれだけの説得性を持ちながら、更に作者も思いもつかない世界を見ることができたら、受容者としての勝利というか、それが「飛ぶ」ということなんだろうなと思うけど、これは端的に書きすぎて危険極まりないので、作品解釈については、先人の本を読んで欲しいよ。
大変おめでて〜ですわ〜〜〜🎶🎶
2020年の10月ごろのことだよ
お大事に💦
臆病な自尊心と尊大な羞恥心 のフレーズは語呂も良くて覚えてる
勢いがあって、少し懐かしい感じのする漫画だったよ
でも、そんなに良いね欄見ないし、人気の本だと、〇〇さんが良いねしたかどうかもわからんので、おすすめの本はリツイートして下さい
他人の良いねが見えなくなると、「この新刊に〇〇さんが良いねしてるな。読んでみよ」
が出来なくなる。のがちょっと辛い
社会の求める「正解」と自分の「正解」が同じとは限らないけれど、人間は社会的生物なので、ぐぬぬぬぬ。
「兎角にこの世は住みにくい」(夏目漱石)
帰るよ
(気になったら池上俊一で検索してね。大学の先生だよ)
『動物裁判』の池上先生が葬送のフリーレンの監修してて、お茶を噴いたよね。
大吉原展は、残念ながら見にゆけなかったけれど、以前見た大和ミュージアムでは、入り口に裸足のゲンの紙芝居が置いてあったり、人間魚雷の音声付き展示もあったり、別の階では原爆の展示もしていたりしました。考慮された展示になっていることを広島の人に話したら、その人に「当たり前です。そうでなければ、ここに、展示は出来ません」って言われたことも、付け加えておきます。
みつきさんがいかに、文学の精神分析を怠ったかが分かる文章ですね
文学を少しとは言え職にして勉強させて頂いた身のくせに、辛い人へかける言葉を知らないなと反省する。
自分が相互さんの作品をより楽しむ作品理解や解釈の仕方は大分満足出来るようになったけど、そうじゃないんだ。すこしでも何か救いになるようなものを、私は文学に求めていたんだよ。宗教かな?
みんな絵が素敵だね
Xで、世相の傾向を探る、、、みたいなのを見たけど、Xって、家族は私しかしてないぐらいのツールで、、、それで世相を判断されても困ゆ
無料展示での貸し出しは、申請の手続きしたら無料だったりするんだ。
(このあたりは、公立の館同士の連携とかいうのもあったりするのかもしれない。)
無料展示が前提だと、博物館や文学館は実物は無理だけど、手紙や絵のデータの貸し出しはしてくれるところが多いので実際の展示+αとしてロビー展が出来て嬉しいね
たぶん、今の視点の先生が講義されているというのや、色々配慮しながら話されていて、素敵だったんですよ。何より楽しそうに講義してくれるのが嬉しかった
えぬえっちけー教室でちゅうとう関連の入門講座を去年受けさせて頂いたのだけど、確かにフラットな講義で、すごく楽しかった。
歴史関連の少し昔のものや文学には、バリバリ思想がちりばめられていて、興味深い反面、今から見ると「私、そんな表現、読むの辛いです」がある時があったから。あんスタ熱が落ち着いたら、また受講したいな。
松根東洋城の句に「春雨や王朝の詩(う)タ今昔」というものがあり、この作品のような、今と昔、物語と現実の世界の境界線が雨というフィルターを通して曖昧にけぶられてゆく様の表現手法が、なんとも言えずすごく好きですね、、、。
一方で、夕立の「一粒」が源氏物語に表される夕顔のような儚い女性の涙のようにも思えるし、これから始まる物語の悲しみに雨の一粒が吸い込まれるような情景にも思えて好きな俳句です。
「夕立の一粒源氏物語」(佐藤文香)が好きなのですが、句の解釈としては、夕立と源氏物語の夕顔をかけ、源氏物語を読んでいる読み手の立場から、雲行きがあやしくなっていく空模様と、読んでいた物語の同調を表している。
というのがあるかとおもいます。
新年快乐。今年也请多多关照