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水城正太郎

@s-mizuki

ルアー&フライフィッシング。小説。

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30.11.2024
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Latest posts by 水城正太郎 @s-mizuki

これは広さの面でも同様で、メタ構造や先行作品の引用が多数なされていても「わかる」作品と、「なにを言ってるのかわからん」作品がある。狭さという意味合いではまったく同じなのに、射程は広い。そしてそういう作品になるかどうかは作者の技量や意図とは関係なさそうなのが困る。本当に内輪ウケのものであっても時代を超えるものはあるし、売れた作品であっても狭い上に時代を超えられないものは沢山ある……。

12.03.2026 08:35 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0

小説には射程というか、届く範囲というものがあり、それは面白いという人が多いとの意味で主に使われるのだけれど、自分は理解できる人が多いという意味合いで認識している。そして、その範囲が老若男女とか海外までという広さより、時代を超えるという意味での長さの方がより重要だとも考えている。古い作品を読んだとき、「この時代はこうだったのだな」となるか「この時代の人はなにを言っているのかわからん」となるかは、意外と小手先の技術ではどうにもならないと感じるのだ。

12.03.2026 08:30 👍 0 🔁 0 💬 1 📌 0
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ビームスインテ79ULを中古で購入。エリアで使われる予定。

04.03.2026 05:48 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0

暴力や男臭さをギャグに転化する作風、文学的作風、ビブリオマニア主体の作風、その他すべての創作はそれを好む者の尊厳と結びついていると意識しなければ各種トラブルは起こり続けることになる。それはおそらく政治以上に分かちがたいもののはずなのだから。

04.03.2026 05:15 👍 2 🔁 0 💬 0 📌 0

小説に限定して言えば、ライトノベルからなろう小説の愛好者は、誰もが目に付く形で表出している蔑みだけでなく、「空虚な自分を救ってくれる美少女が~」や「現実で賄えない不満を異世界で~」等の分析にさらされてきた。これは尊厳の軽視ではなく、破壊に属する言説であろう。さらに言えば、それは批評家たちのファンが持っている尊厳を守るために行われているわけで、なおのこと悪質だった。一般ファンが類似の俗流分析を行うこともこの構造である。

04.03.2026 04:54 👍 2 🔁 0 💬 1 📌 0

批評家たちが「尊厳」の話をはじめた。経済保証だけでは尊厳は賄えないという趣旨で、賛同はできるものの、そもそもB級に属する創作が生み出すものの中で消費されない資源が「尊厳」であったことが二番手以降に扱われることには抵抗がある。批評家たちは愛国ポルノが与える尊厳を殊更に問題視しているが、その語にはポルノが含まれており、慰撫的創作が同様の機能を持ちつつ蔑まれている現象を何より示しているということが示すように、批評家こそが慰撫的な創作物愛好者の尊厳を嘲笑してきたことは間違いない。

04.03.2026 04:40 👍 1 🔁 0 💬 1 📌 0

昨今話題の「作品と作者の人格の関係」について考えていたら、作品の評価に対して最大の影響を与えてしまう外部要因こそが作者の存在である、という普通の結論に達した。その意味で嫌になるほど関係はあるのだ。バロウズやレーモン・ルーセルの方法論を突き詰めれば人格とは無関係の自動化された作品内容にはなるが、その手法を作品とともに公表したところで、批評は人格を考慮してしまうであろう。なんにせよ作者は社会の中にいるので、そこでの振る舞いは社会的であるに越したことはない……。

02.03.2026 03:35 👍 21 🔁 9 💬 0 📌 0

(続)自分のベースを作っているのは、虚無です。

それに対して、『冒険』を持ってくることによって、物語の2項対立が生まれる。自分にとっての、物語、というものが何か、自分が何を語るべきか、自分の中の芯とは何なのか、をずっと考えていて、そして、つい最近得た答え、悟りのようなものが、この冒険と虚無の対立、という事でした。

ずっと今まで、虚無についての話を書いてきましたが、多分、これからしばらく、自分が書いたりするお話は、(ポエトリィなものをのぞいて)虚無と冒険の対立の話になると思います。

それが、現在、自分の創作論としてあります。

21.02.2026 03:34 👍 11 🔁 3 💬 1 📌 0

(続)これは言葉で説明することが難しくて。何故なら、言葉は虚無の側の領域だから、言葉で書くとどうしても虚無の側が勝ってしまう。言葉は、説明は、静的な状態を表すもので、そうなると、どうしてもそこには、積分的な現象の総和についての話しかできない。人生生きていての総和として、そして瞬間として、結末としての状態、の話しかならない。
冒険というものは、質量がない、その瞬間のベクトルと大きさしか無くて、測定が出来ない。説明やレスバで使われる言葉の中に落とし込むことができない。
説明や説得では、反出生主義や功利主義を否定することは出来ない。

でも、物語ならできる

(続)

21.02.2026 03:34 👍 10 🔁 3 💬 1 📌 0

(続)そういうわけで、自分は、物語を書く際に、常に欺瞞が付きまとうものだなあ、と思いながら、ずっと、虚無った話を描いていたのですが、最近、やっと、『虚無』の対立概念というか、それに対して有効な反論ができる概念を見つけました。というか腑に落ちるものが見つかった。おそらく多くの人は既に体得していたり、当たり前だと思っていたことかもしれないですけれども、自分はここまでの時間がかかりました。虚無が大きすぎたんだね。

それは、『冒険』という概念です。

これは、対立する概念ではない。それぞれが独立している概念でもない。存在している次元が違う概念で、『虚無』は積分的、『冒険』は微分的なレイヤーです(続)

21.02.2026 03:34 👍 12 🔁 3 💬 1 📌 1

(続)人生は虚無、という概念とそして資本主義が悪魔合体した上に、生えてきたものに、反出生主義、功利主義、安楽死、強制的安楽死、などがあると思うのですが、そちらも同じようにレスバをすると勝つことはできません。『価値』の話になったときに、人は生きていくと『価値』を最終的には失っていくものだし、資本主義的な話になったときに『価値』のない人間もいるし、人生において苦しい事と楽しい事の総和をとれば苦しい事の方が多いというのは分かってもらえると思います。世の中楽しい事だけの人生を送る人もいるとは思いますが、世の中の大半の人は苦痛を伴って生きてます。仕事楽しいですか?(続)

21.02.2026 03:34 👍 9 🔁 3 💬 1 📌 0

100人の作家がいると100通りの創作論(大まかなところは一緒だけれども、細かいところでの原理原則)みたいなものがあると思うのですが、最近、やっと、自分の創作論というもの構造化、有機化しました。

自分の創作の根っこ…というか人生の根っこ、ベースの部分に、人生は虚無だというのがあって、それにもう30年くらいかな?ずっととらわれているんですけれども、これってすごく強いんですよ。理論的には『人生は虚無だ』というのを否定することは出来ない。人生に意味がある、価値がある、という言説とレスバをしても、人は必ず死ぬ、全ては失われる、という圧倒的で最終的な事実の前には何を言っても無駄なんです。(続)

21.02.2026 03:34 👍 19 🔁 5 💬 1 📌 0

世間の趨勢に逆らうのは個人で行ってはならない革命である。文芸が読まれることを革命とするより、複数によって書かれる革命の方が“強い”。弱者に寄り添うことは優しさでは決してなく、圧倒的な力がなければなし得ない。複数人で創作をするという種類の政治が行われなければ、すべてが妄言であり保護される価値すらない“弱さ”になってしまう。そう感じられなければ、もはや政治的な著作をする価値はない……なんてなことを思う。

16.02.2026 07:39 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0

弱い立場争奪戦が政治からやや遅れて文学界にやってきたというのは確認するまでもないところで、作家までマイノリティでなければ受賞は不可能になっているというのは皮肉でなく、単に批評である。作品が個人的であることは政治ではないが、作品が世間から見落とされているものを掬い上げる行為なのであればそれは政治である。それならば政治として創作をしなければならないことになるのだが、なぜ個人として創作を続けることが文芸において中核なのかは誰もが意識しなくてはならないのではないか。

16.02.2026 07:30 👍 1 🔁 0 💬 1 📌 0

唐突に文学系の話。詩の賞を受賞された方が、「詩は世間で優勢であったり見落とされるような価値観に寄り添う」、「詩作は偏見や世間の趨勢に逆らう営み」とおっしゃられていた。感動している方も多かったが、文学界ではその意見の方が多数派である。それなら現在の世界で見落とされているのは真の暴力や差別や偏見であるのだが、それを実行している人はあれど、評価されてはいないだろう。

16.02.2026 07:22 👍 1 🔁 0 💬 1 📌 0

おっちゃんは最近になっても点滴コネクター入れるのに迷走神経反射を起こして全身に冷や汗をかきベッドに寝かされたよ。

16.02.2026 06:12 👍 3 🔁 0 💬 0 📌 0

奇しくも同じ構えだねぇボウヤ
(病院を逃げ回って「ひとごろし〜!」と叫んだとされる)(記憶はない)

16.02.2026 06:09 👍 4 🔁 2 💬 0 📌 0

幼少期注射が怖すぎて病院内を走って逃げ回ったという逸話を持っている私からすれば今回の検査ではかなり成長を感じました

16.02.2026 06:01 👍 3 🔁 3 💬 0 📌 0

健康診断にて血液検査で死ぬほどビビり散らかし終わった後パートのおばちゃんに痛かった?と聞かれるというアチーブを獲得した

16.02.2026 05:58 👍 1 🔁 1 💬 0 📌 0

小説もそろそろ書かんといかん。加齢で腕が落ちていく速度を鈍らせねば。

11.02.2026 03:09 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0

間が空いた。釣りには行っています。最近の成果はグラスにナイロンという設定の楽しさに目覚めたこと。SVFグラスありがてぇ……。

11.02.2026 03:08 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0
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09.02.2026 03:22 👍 124 🔁 9 💬 0 📌 0
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『LOST MOMENT』電子書籍化! - 水城正太郎の道楽生活 『LOST MOMENT』電子書籍化です! 先日の『ハーフダラーを探して』に続きのリリースです。あわせてお読みください! 本作は現実とは違い日本が消滅した二十世紀における超能力バトル&スパイ合戦となっております。世界的な陰謀に巻き込まれた少年が能力を得て欧州を舞台に駆け回る王道の少年熱血冒険アクションです。 本文、あとがきは当時のまま。表紙は石狩シモ様に描き下ろしていただきました。少年熱血アクショ...

管釣りと電子書籍告知を往復している。

s-mizuki.hatenablog.com/entry/2026/0...

06.02.2026 07:26 👍 2 🔁 1 💬 0 📌 0
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またこんなところに朝から……

05.02.2026 03:26 👍 2 🔁 0 💬 0 📌 0

こっちでは電子書籍の宣伝しても意味ないのでどうしたものか。

04.02.2026 03:30 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0
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『ハーフダラーを探して』電子書籍化! - 水城正太郎の道楽生活 私の過去作『ハーフダラーを探して』が電子書籍化されました! 『東京タブロイド』同様、富士見ミステリー文庫で書かせていただいた作品でして、コンゲームとかケイパーものと呼ばれるタイプになっております。つまり詐欺師が悪人から金を巻き上げるってヤツですね。 この頃はライトノベルが数多く出ていまして、ジャンルとして固まりつつある気配がありました。ジャンルとはいえそれは漫画っぽい空気感みたいなものと認識されて...

自分、一応作家なので、過去作がいま電子書籍化されたりします。二十年前のものだけど、読んでくださいね!

s-mizuki.hatenablog.com/entry/2026/0...

31.01.2026 08:54 👍 2 🔁 1 💬 0 📌 0

「"小説の体をなしていない"炎上」に乗れなかったのは、それへの応答が小説観を浮き彫りにしてしまうからで、自分のそれはここで書いている通りであるため、「文意が通る」とか「5W1Hがわかる」とか「作者の言いたいことが伝わる」とかを基底に置くことに軽蔑に似たものを感じてしまう。ものすごい偏見ではあるので、やはり大通りで叫ぶには向いていない言説である。

31.01.2026 03:59 👍 2 🔁 0 💬 0 📌 0

商業主義へのディスは、共産主義的なものでない限り、この納得が疑われているのだろう。「売れ線のものを出しやがって……こんなものお前のやりたいことじゃないだろ!」とファンは思い、「楽してテンプレやりやがってさぁ……」とアンチは思っている。そして、外側からは作者の納得感など推測に過ぎないという不幸はある。ところで、もちろんこのブルスカの一連の自分の文章は、自分の納得感のためだけに書かれている……。

28.01.2026 13:41 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0

つまり売れ線でない小説を書くことは自己の納得だけとの戦いである。他人を楽しませることとのバランスを考えるなら売れ線で良い。そして、逆に言うならば、他人を楽しませることは自分で制御できない部分に手を出していることになる。もちろん自分で制御できないことをしようとするのは不幸のはじまりだ。となると、これは売れ線の小説を書いていようとも、他人を楽しませようとしてはいけないということになる。一見納得し難いが、軽薄な言葉でしかない「本当にやりたいこと」が自己表現が絡むと、「自己が納得するまでやり遂げる」に変貌するということだ。

28.01.2026 13:03 👍 1 🔁 0 💬 1 📌 0

「売れ線でない小説を書く」ことは自己表現に重きを置くことだが、自己表現における成功は自己の納得である。自己表現は低劣なものでも自己表現なので、日々の生活においてゴミを出しているだけで表現は表現となる。ゴミ袋をひっくり返せば自己の痕跡は嫌と言うほど残っている。だが日常生活でゴミを生産してしまうことを自己表現とは誰も思わない。納得していないからだ。この点、特殊性癖の持ち主、いわゆる変態ともなると、この納得というやつを追い求めていることが不審者レポートや異常な事件で逮捕された者の記録から伺い知れる。側溝に全裸で寝転がる変態は、試行錯誤の上そこにたどり着いたわけだ。

28.01.2026 12:43 👍 1 🔁 0 💬 1 📌 0