横浜美術館で買った『越境のアーティスト 富山妙子』(皓星社、2025年)がおもしろすぎる!
横浜美術館で買った『越境のアーティスト 富山妙子』(皓星社、2025年)がおもしろすぎる!
やっぱり森崎和江より富山妙子に惹かれる。
仕事忙しくてめちゃ大変なはずなのにすごく元気なんだよな、わたしも元気になったなー。感慨深い。
4月の旅行2回と6月の坂本慎太郎を楽しみにがんばるぞーっ!
だが、一本のラインとしてまとめられないような生は(特権的なエリートを除けば)そもそも実現不可能だ。なぜなら、それは当初の、「ロス」の、不完全さの、今・ここにおける耐え難さを無視できるという状況のうえでしか成り立たないのだから。
だが、この取り返しのつかなさ、「ロス」の感覚こそが、いまや私自身を形作っているのだ。私は私を損なうものによってしか(不)完全な私にしかなりえない。そのことを、人生の「キャリア」や「幸福」に依拠する正義の言説は捉えることができない。排除することしかできない。狂っているから(これはおそらく「自傷」の一種だと見なされるだろう)。これらの心理学の語彙は、一見すると直線的な「時間」概念に抗っているように見えるかもしれないが、実際のところ一本のラインを暗黙裡に想定することでしかおそらく成り立たない。
例えば、それが「客観的に」みて「トラウマ反応」であることと、当人が今・この瞬間にそれを「トラウマ反応」だと考えるかどうかというのは別のことで、そのズレを「あなたは「トラウマ反応」に騙されているんだ!」という形で周りの人が早急に埋めに行くことが良いかどうかというのはまだ未検証だと思うのだが(そもそもカウンセリングの修練を積んだわけでもないのになぜそのような「診断」が下せるのか)、一般にズレは埋めたほうが良いとされている。それはなぜかというと、①当人の人生にとって「損失」だから、そして②社会正義にとって、ズレが放置されるその時間的なロスそのものが社会正義それ自体を毀損するとされているから、だろう。
被害者に誰かを加害する権利はない──のだけれど、これはとても残酷なことだし、その残酷さは分かる人にしかたぶんわからない。あたりまえに思えるということは、きっと、 しあわせ 、なのだ
>「個別に起こった残酷なできごとであっても、共通する暴力的なシステムみたいなものがあり、それぞれの場所で別の角度から見ているように感じることもあります。風景から歴史をたどることは、ただ過去のことを見るというよりも、私にとってはいま生きている世界やこれからの風景を考えることにつながっています」
上原沙也加インタビュー。消えた風景に残る歴史の痕跡、沖縄と台湾を旅する写真
www.tokyoartbeat.com/articles/-/s...
水と歩くの一コマ。主人公とその友人が吉祥寺の七井橋通りを井の頭公園に向かって歩いている場面。、
散歩の達人3月号の表紙。春日部のみどりスーパーの店員さんたちが店の前でポーズを取っている写真。
本日20日発売の『散歩の達人』3月号「草加・越谷・春日部」に漫画「水と歩く 井の頭恩賜公園(東京都武蔵野市・三鷹市) 」が掲載されています。東東京在住の主人公が武蔵野市在住の友だちに井の頭公園を案内してもらう回です。井の頭池〜神田川源流〜御殿山〜玉川上水を歩いています。
san-tatsu.jp/info/507608/
高島屋史料館 TOKYO「闇市と都市―Black Markets and the Reimagining of Tokyo」ようやく見てきた。23日まで。「帝都疎開事業一般図」や新宿東口の火保図などの資料も見応えあるけど、衣川太一コレクションの戦後の露店商のカラー写真(AI着色ではない)や菊池俊吉の写真に写る人々の姿をじっくり眺めてしまう。弁当をほおばる銀座の露店商の子ども、神保町の露店の本屋で本を読む少年、新宿末廣亭の宣伝をするサンドイッチマンを振り返って見る女性は、その後どのような人生を送ったのだろう。
prtimes.jp/main/html/rd...
あんまり元気がなくて連日の例の件についてうまく言及できずにいたんだけど
(そもそも全員が全員即座に言及しなければならないものでもないですが)
取り急ぎ、子どもの性被害のサポートに取り組んでいる「認定NPO法人子ども支援センターつなっぐさん」にささやかながら寄付をしました🙏
tsunagg.org
被害を受けた子どもが、司法関係者や医療従事者に被害体験を話す時に寄り添ってくれる「付添犬」の取り組みが良いなと思いました🐕
国立博物館や美術館に収入目標、未達成なら閉館含め再編検討…30年度までに文化庁
www.yomiuri.co.jp/national/202...
訂正。
「規範的ではない、「アブノーマル」な性欲の持ち方/性行為への生理的嫌悪に依拠した性暴力への批判は諸刃の剣だと思うから、やめたほうがよいと思う。どれほど規範的な性欲/性行為あろうと、非規範的な性欲/性行為であろうと、非強制性、対等性、非継続性、明確性の条件の下での性的同意のない性行為はすべて性暴力であるということをもっと言っていかなければならない。」
自分たちが嫌だと思えるものしか暴力だと認められないなんて、そこには他者への想像力も思考もない。それでは基本的な人権としての性的自己決定が守られない。
規範的ではない、「アブノーマル」な性欲の持ち方/性行為への生理的嫌悪に依拠した性暴力への批判は諸刃の剣だと思うから、やめたほうがよいと思う。どれほど規範的な性欲/性行為あろうと、非規範的な性欲/性行為であろうと、同意がなく、非対称的な関係性での性行為は性暴力であるということをもっと言っていかなければならない。
※性暴力の内容に触れるため閲覧注意
今回の事件が言葉に尽くせないほど悪質で卑劣な性暴力事件であることは当然の前提として、
むしろ成人が未成年に「スカトロ」を強要するほどのレベルの性暴力じゃないと、この日本では性暴力だってまともに認識できない人が多いということなのではという気がしてきてしんどい。
人権・尊厳ベースの性教育が必要という話と、〝「性行為はお互いが幸せになる行為」だとした上で〟〝「その根本を教えれば、搾取されたり脅されたり、幸せではない性行為は、『暴力』なのだとわかるはずだ」〟この3点の間にあるねじれ(飛躍というよりはねじれ)を考えなければならない
ここでも私たちは、自他の境界線を引き、内と外を決める。渦中にいるひとは、自分がその問題を理解できている、とは言わない。理解するという態度は問題からの距離があるからできる。」
「このプロジェクトの目的は、言ってみれば、当事者性の強い問題のなかにある複雑さを、それを知らない非当事者がどうやって受け入れていくのか、そのための素地を作ることにある。
私たちは、だれかの語りを聞くことでしか他者理解を深めることはできない。まずは聞くことから始まると思う。
あなたはそれでも、これは自分とは関係がないと言うかもしれない。あるいはむしろこう言うかもしれない。私にはわかりきったことだ、私は差別をしない。きっとそうなのだろう。しかし私たちはほんとうにその問題を理解できているのだろうか。これはぼく自身への問いでもある。ぼくはほんとうにそう言えるだろうか。→
「人びとは、互いの災害経験の違いをもとに線引きをし、だれが当事者として震災について語る資格があり、だれに語る資格がないのかを決め、糾弾しあった。SNSなどを中心に多くの炎上があり、人びとはいつしか震災について語ることに疲れてしまったように思う。
私たちに必要だったのは、語る資格ではなく、共に語るための土台だったはずなのに。
出来事の経験を差異による分断ではなく、差異の分有によって理解し合うことはできなかったのだろうか。なにが私たちに足りなかったのだろう。」
田中 功起『可傷的な共同体』
www.artresearchonline.com/issue-11b
・富山妙子《民衆の力Ⅰ》(1980)
特に印象に残ったもの:
・帰国事業で朝鮮民主主義人民共和国に渡った日本人妻たちへの取材をもとにした林典子の《sawasawato》(2013〜)
・在日コリアン2世のパートナーを持つふたりの結婚式を記録した高嶺格の《Baby Insa-dong》(2004)
・武蔵野美術大学と朝鮮大学校の市川明子、鄭梨愛、土屋美智子、灰原千晶、李晶玉による《突然、目の前がひらけて》(2015/2025)
・田中功起の映像作品《可傷的な歴史(ロードムービー)》(2018)
『いつもとなりにいるから 日本と韓国、アートの80年』@横浜美術館
凄まじかった。気づいたら5時間ほど滞在していた。
展覧会のタイトルやフライヤーの雰囲気は「政治的配慮」からかとっても柔らかいが、内容は日本の植民地支配から、近年のヘイトスピーチまで、日本の加害の歴史を改めて問い直すものだった。
これまでも自分なりにいろいろ考えてきたつもりだったけれど掴みきれなかった、マジョリティとして歴史に向き合うとはどういうことかということが、少しだけ掴めたような気がした。
点が線になる。
行ける人全員行ってほしい。
春は苦手だけど春の雨は大好きだな
仕事で大量のZINEを読んだら、作り手の情熱が伝わってきてこちらまで元気をもらった!🔥
茨城県不法就労活動の防止に関する条例(案)に関する意見を募集します
2025年2月24日(火曜日)~同年3月25日(水曜日)
www.pref.ibaraki.jp/soshiki/shok...
タイトルだけだとわかりにくいけど、茨城県の外国人に対する新制度のパブリックコメントです。制度による差別になり得ると思ってます。
茨城県が不法就労外国人の情報に「報奨金」新制度 「自治体が市民を動員…大きな問題」識者からは危ぶむ声
www.tokyo-np.co.jp/article/469689
2026年2月19日 東京新聞
*会員記事
いい企業って受付のあるロビーに雛人形あるのな……きついな……
最近は昼休みに音楽聴きながら会社の周りの再開発されていないエリアを一人散歩するのが楽しい
昨日、祝日出勤のランチで高級蕎麦屋に入ったけど、高すぎて掛け蕎麦しか頼めないから頼んだら、返ってなんだか通みたいになっちゃった。