いつ以来だろ、くらいで珈琲豆挽いたのを淹れて、ちびちび飲んでる。がりごりする感触と同じくらい成分が効いているのか、なんだかたのしい。単純なやつだよ。
いつ以来だろ、くらいで珈琲豆挽いたのを淹れて、ちびちび飲んでる。がりごりする感触と同じくらい成分が効いているのか、なんだかたのしい。単純なやつだよ。
日中、トラクターが田んぼの土を起こしたり畦を固めているのをみたよ。
みどりの窓口に対抗して黒の窓口とかほしい。今回はどのようなご依頼でしょうか?
「ほうほう、ほうっほほぅ」という声がどこか真っ暗な木立の向こうから届く。姿を見たことはないけれど、あれは静かな夜、それも暖かい季節に入るとはじめて聞こえてくるんだよね。昼のさえずりより夜のあの声に、冬のあいだこわばっていたものが弛むのを感じる。
芽吹いてきたらカラスノエンドウとたんぽぽの葉を採ってサラダにしてみたい。あとこの時期の軟らかい野蒜をかじりたい。
いたずらする仔猫にだめと言っても全く聞く耳を持たなかったのだけれど、ふと「シャーッ!」という声を出して叱ったらすごく効いて、脱兎のように。共通言語が見つかった……。猫の言葉でキレてるんじゃないよ、きつねのくせに。
すこし開けた窓から湿度のある大気が肌を撫でる、鳥のさえずりが聞こえると思って顔をあげたら、日の沈んだ西の空が綺麗な朱とリラ色に染まっていた。薄暗い。
がっつりネイルされてるカラオケの店員さんに、爪が伸びてきたとき境目を目立たせない塗りかた教えてもらった。桜色と空色の組み合わせ、春めいてておしゃれ。。。
地図でみつけたフィリピン食材のお店にふらっと入ったら、お店のご婦人にごはんいただいた。春雨とはすこし違う透明感のある麺に、豚の耳のスナックを砕いたもの、レモン汁、小ねぎ、玉子、鰹節的ななにかが和えてあるもの。出汁のうま味があっておいしい。。。お昼にとお惣菜みたいに詰めたのを渡してくださった。未知の食材をいろいろ教えていただいたし、暖かくなったらフィリピンのひとたちで集まってかき氷のイベントやるよ、とのことだった。たのしい~。
露天感がすきで、オフロ入ってるときには窓から風が通るようにしてるんだよね。その窓が風でばたばた音を立てるのを聞くと、三月の晩は風が騒がしいんだった、って毎年のように思いだす。
だらしない姿勢は気持ちいい。
桜とその葉の塩漬けを店頭で見つけた。桜湯にしてひと息ついてる。
外の暗闇が潤っていく物音を聞いてる。小さな風が濡れた木々の枝先を抜けていくときの、さあっと持ち上がってばらばらこぼれて揺れ動くようす、それがすっと静まって元の物音に還る感じとか、もっと大きな大気のかたまりが遠くを移動していく低いざわめきとか。
雨粒ではないけれど雪でもなさそうな、小粒のものが降る静かな音。
予定が自動発生するような状況から退くと、無窮の時間が流れているのではという気がしてくるのが不思議。じぶんが有限だとしても、世界はこの流れの先へ続いてる、という。
国道沿いに見つけた初めてのラーメン屋に入り、運ばれてきた盛りだくさんのラーメンをはふはふ食べていたら、大将が「麺の量それでだいじょうぶ? みんな400gとか頼んでいくからさ」って訊いてきて、いえいえボリュームありますよこれー、みたいな話に。トッピングの肉類は店内で桜燻製にしているとのことで、古めかしさのあるお店に入ったときから、スモーキーなよい薫りが立ちこめてた。あと店内の雰囲気がなんか北海道って感じ。逆光で換気扇がからから回ってたのを思いだしてる。
ランプの温かな明かりとは別のつめたい白いひかりが床に落ちていて、窓から見上げたら月が空の高いところを照らしてた。
びんとかこういうの、ほしいものをじぶんでつくる側にまわると生きかたが変わるよとほかで読んだのを思い出した。つくりたいのと問うといまはべつに。でも、してみる勇気がなくてもどんな指針を持てばよいかわかることの大切さは、劇場ねずみのエンマばあさんが説いてたね……(そこ?)
飾った花をぼんやり眺めているとき、びんのなかの水も同じくらい眺めていると思った。ひかりの通りかたや透明さの質感とか。虫めがねみたいな見えかたとか。内側や茎についている小さな泡とか。意味になる必要のない、そこにある断片。
雑貨店や花屋をあちこち巡ってよい感じの花びんを探してた。じぶんはわりと素っ気ない硝子のが好みみたいで、たぶん試薬びんのような形に喜ぶのだろな。多少不揃いなのをとか透明感に緑がかっているとうれしいとか、品々を見たあとから求める姿が浮かんできた感じ。例えばきのこや石とか、探しているものがあるとそういうのの目になるものだけれど、なんか硝子びんを求める目になりつつあるような。
ランプの前に置いたラナンキュラスやスイートピー。ほのかに柑橘のようなよい薫り。
花を買ってきて飾った。風の感じがもうすっかりざわめいていて、傍にこういうのを招きたくなる。夜は影や輪郭のなかで過ごすのがすき。
@botanical.bsky.social
お店から持ち帰りしたヤムウンセンを食べてた。特定の生きもののにおいがするはずという理由でパクチーを苦手な食べものとして遠ざけてきたけれど、少しずつ気が変わってきてる。この青っぽい香ばしさ、おいしい。ていうか旅先で味わって気に入った不思議な香草、あれたぶんパクチーだったよ。
オフロで長湯してるのだけれど、飲んでた紙パックのフルーツジュースが滑り、湯のなかにどぱどぱこぼれた。ツムラのくすり湯バスハーブと混ざってる。。。
窓を開けて風を通したらカーテンが揺れてる。
いまのお仕事は辞めるつもりでしばらく前からなにもしない回復期間に入っているのだけれど、喫茶店兼ギャラリーさんにお声がけいただいて、次のあては見つかった感じ。制作したポストカードはひとまず数カ所で置いてもらえそうで、作品展示のお話をいただいたり。流れにまかせることにしているだけに、当面はこの身体がもうだいじょうぶと言うまで無為という贅沢で満たすつもり。
よく冷やしたトニックウォーターおいしい。なんかお茶枠だね、これ。夜のお供。
地から湧きあがるこうしたことを思うとき、脳裏に流れるのが『MOTTAINAI SOUND』の「Shirakami」なんだよね。虫の音が入っているから季節は異なるのだろうけれど、この身体的な躍動感のあるヴォカリーズすきだな。というか各地を旅してスケッチするように音と音楽にしたっていうこのシリーズすき。
youtu.be/zIH4v7mo28o
そのあたりの土手にまばらな野焼きのあとを見かけると、あれは再生のしるしと思う。冬の枯れ野や山林からは緑が消えてもなお、生命力のようなものがこんこんと湧きあがり、大地から立ちのぼる奔流となって声にならない声の層をなしている感じがする。末黒野の黒は再生のいろ。
あと二ヶ月もしたら桜が咲いたり散ったりしているんだねえ。そのあいだに季節は堰を切って流れていくし、花もいろいろ咲くし。しっとりした土のにおいが嗅ぎたい。
立春だー。冬の寒さって、気象庁の過去の記録をみると如実だけれど、大寒にあたる一月末くらいで底を打って反転するんだよね。個人的に寒さには体調を崩しがちなのだけれど、山場は越えた。風の手触りもこれからは少しずつ春めいてくるから、楽にしていよう。。。
夕暮れの空にほわって浮かんでる月を見たとき、あれは春、って思った。脈絡はあんまりない。クラフト・エヴィング商會で『テーブルの上のファーブル』の冒頭に、「この世は昼でも月下です。」って言葉があったと思うのだけれど、そんな印象の月だった。空のそこがやわらかく季節を先に行ってた。