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例えば「走り寄る」「歩み寄る」とのニュアンスを考えると歩く、歩みということが意思や人格や主体などと関連するのかもしれない。走り寄るというのは動作としての動きを感じるが、歩み寄るは人格や意思や主体として近づくというニュアンスが感じられる。
エスカレーターは機械が上下運動の動力を担い、人間はその上に乗って運ばれる仕組みであって昇降の主体はエスカレーターになる。登るという自分の意思と労力で傾斜を克服するのではなく人間は昇降という行為をエスカレータに任せる。ではエスカレーターは何を禁止しているかというと主体性かもしれない。安全のために「主体性を発揮するなという、ただ乗っていろ」というメッセージを発していると考えるとこの場合の歩くというのは歩くということに含まれる主体性・自己コントロール性についてなのかもしれない。
ここで上下方向ならば登るなのかというと必ずしもそうではない。一例として「エスカレーターでは歩かないでください。」というアナウンスがある。エスカレーターは上下方向の動作を伴い、形状は階段状だがここでは登るではなく歩くという言葉が使われている。
歩くということに含まれる主体的移動・自己コントロール性について、歩くという語は自分の意志と脚で地面を踏みしめ、ある方向へ行くという主体的・連続的運動を暗示する。比喩としての歩みなどにも関わる。自分の力とペースで進むというイメージを持つ。
苦労や負荷の質から考えると「階段を登る」はちょっとした苦労や運動感を伴い、「歩く」は“何気ない通常動作”に近いという印象の差もある。結果的に、階段は登ると呼ぶ方が動作の実感や、身体負荷を表現する際にしっくりくるのかもしれない。
日本語は動詞一語で「登る」「降りる」といった方向を表すが、英語では “walk up/down” と言うように、副詞や前置詞で補うことが多い。身体的には階段を移動するときも足を交互に出す動作は“歩行”に近いが、実感として“上昇”を強く感じるので“登る”を使うのが自然なのかもしれない。
「登る」は垂直方向の移動を強調し、脚力を使って高度を上げる要素が中心で階段や坂、山などで使われ 「歩く」は水平方向移動や比較的平坦な場所での移動を表す標準動詞で、傾斜があっても軽度なら「歩く」を使う可能性はある。しかし本格的な段差・坂道だと“登る/降りる”になるのかもしれない。
歩くというのは辞書的に言えば「足を交互に前へ出して移動すること」あるいは「両足で地面に触れながら進むこと」などと説明されるかもしれないが、ではなぜ階段は登るであり、歩くとは言わないのか?また山歩きだろうか、山登りだろうか? 歩くということの移動性を考えるとそれは暗に水平移動を指すのかもしれない。
咳喘息みたいで病院で吸入の薬とかをもらいました。
twitterのレーベルアカウントが何故か凍結されたので退避用にするかも。こっちのはあまり動かしてなかったからレーベル兼用にするのもいいかもしれない。
そもそも自分にとってあったほうが良いと思えるコミュニティは別に音楽プログラミングの互助会でもないような気もする。もっとあんまりSophisticationを目指さないような技術と音楽に関心がある人の緩いつながり、くらいで全然いい(fendoapさんのPlain Musicの話に近いけど)
fendoapさん考案(?)のプレインミュージックは音的にも概念的にも良い
fendoap on superpang i love
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