寒さ+花粉の経験に乏しいので、だるいのの原因が特定できない
寒さ+花粉の経験に乏しいので、だるいのの原因が特定できない
インターネットはもうダメかもと思うことが多いが、出て行ってどこに行けばいいかわからない。自分は匿名性みたいなのがないと苦しく、人と交流ができない
9個、漫画なら選べたしかなりしっくりくる
人生、今描きかけてる漫画を描き終える以外のやることがなくなってしまった
観終わった後はむしろ原作(?)の方を思い出して、帝に不死の薬置いて去っていく方が嫌でいいな…と思っていたが、数日置いて思い出すと、楽しい方がずっといいな…という気がしてきて、脳内でどういう変化が起こったのかわからない
AIのおかげで意志があれば何でもできるようになり意志バトルがはじまっているが自分には意志がなく参戦できなくてつらい
暑いのか寒いのかわからない……と思っていたが、身体のどこかが寒くてどこがが暑いという発想が抜けていた。暑さ寒さは魂に対する1自由度の状態量だと誤解していた。小学校で学んでおくべきだった。
年明けに比べるとだいぶよくなったがこの時間はつらいしこれ以上良くならない気がして悲しい
自分に何もないので頭を空っぽにして推し活動をしたい
かぐや姫というか羽衣伝説って、手の触れられない美しい世界と醜いこの世が接してしまう、という話だと自分は理解しているのだが、ツクヨミのEveryone, Creator的な世界観によって醜いこの世サイドがなくなっているの、ポストヒューマン感がある
超かぐや姫!
www.cho-kaguyahime.com
きらきらしていて観ていて楽しかった。VRCとかに行けば自分もこんなにきらきらになれますか…と思った。
この建て付けのおはなしで自己肯定感のテーマが前面に出ないのが不思議だとは思った。どのキャラも自我自体は安定しているように見えて、幸福の享受に躊躇がない(要するにメンヘラ感を出す人がいない)
東京の価値、究極的にはそこにいると人に気軽に会って関係性を深めやすいみたいなところにある気がして、インターネットで人が気軽に繋がるようになりちょっとした有名人が増えることで、その人にアクセスできない人との格差がますます広がったのだとしたら、悲しいと思った
精神がよくなくそれを整えるためのお絵描きだけで土曜のこの時間になりつらい
社会が嫌になってきた
「大人はは社会の歯車で悲し」という物語を見るたびに陰で、「歯車!なりたい!交換可能なノバデイになりたい!」と思っていたが、実際は意志や主体性を求められたり機械が壊れてうまく回らなくて誰でもなくなれなかったりするので、騙された気がする。悲しんでた人は逆に「社会!意志!最高!」となったのだろうか
既得権益とされて攻撃されているもの、かつての強者が落ちぶれた果てだったり、強者の周りにいて逃げ延びた人たちだったり、要するに持ってるものを失うと弱者になる人たちが多い気がして、実際に目にすると普通に同情してしまい悲しくなるが、ここで同情することがよいことなのか悪いことなのかわからない
疲れているのと寒暖差と花粉症?で朦朧としているので、本日何もできなかったが、うっすらとした幸福感があって、単に怠くてぼーっとしていると辛くないみたいな話なら悲しいと思った
お洒落で丁寧に生活している人が単に己の生活感情と趣味を切り出すだけで傑作を作っているのを見て憧れるが自分には振れる袖がなかった
コミティア後が祝日であることの有り難みを噛み締めているので、はやく祝日法を改正して毎回祝日にしてほしいと思った