短歌、魔法が解けたみたいに全くなんにも作れなくなってしまった。呆然半分、ああやっぱりなという気持ち半分
短歌、魔法が解けたみたいに全くなんにも作れなくなってしまった。呆然半分、ああやっぱりなという気持ち半分
歌集『死なない猫を継ぐ』の写真
錆だらけのステンドグラスの写真
スーパーの果物売り場の写真。パイナップルやドリアンなどが写っており全体的に黄色い
結局『死なない猫を継ぐ』を持って二週間セブ島に行ってきました。
実際に行くのは二週間の語学プログラムで、一日十時間の会話の訓練をこなした後に歌集をひらく元気があるかどうかは分からないのだけれども、作者には「伝えることを第一目的に話さなくてもよいこと」、読者には「発話者の意図だけを正確に追いかけなくてよいこと」を許容する歌集というものがたぶん恋しくなる気がする
無人島に一冊だけ歌集を持っていくならどれにする、というのをしばらく考えている。そこに持っていける荷物は全部で7kg以下にしないといけないのでハードカバーの歌集を選んでで他の何かを捨てるか、コンパクトな文庫から選ぶかというのも悩ましい
短詩の闇鍋会企画説明
■概要 “闇鍋”をテーマにした短詩(短歌・俳句・川柳)を持ち寄ったら、一緒に闇鍋を囲んでいるみたいで面白そう!と企画しました。持ち寄り(作品投稿)とテイスティング(感想投稿)の二部構成です。 ■スケジュール 持ち寄り・テイスティングとも、3月9日(日曜日)投稿分まで、Privatter+の企画用ページにまとめます(随時更新)。 ■参加方法 ①か②どちらかでご参加ください。 ①企画用タグを使ってXもしくはblueskyに投稿する。 【作品投稿用のタグ】 #短詩の闇鍋会_持ち寄り 【感想投稿用のタグ】 #短詩の闇鍋会_テイスティング ②企画用ページのコメント欄に投稿する。
■持ち寄り(投稿作品)について ・投稿者自身が作った短歌、俳句、川柳が対象です。ただし作品をまとめる際は短歌/俳句/川柳の区分を明示しません。 ・既発表作での参加もOKです。出典情報の掲載が必要な場合はお知らせください。 ・“闇鍋”の単語を作品内に入れる必要はありません(入れてもOK)。 ・一人5作品程度まで。複数作ご投稿いただいた場合、投稿時と同じ配列で掲載するとは限りません。他の方の作品と合わせて配列を決定します。 ■作品の取りまとめについて ・作品と投稿者名を企画用ページにまとめます。 ・投稿者名には投稿時のアカウント名を使用します。別の名前を希望する場合は投稿時に知らせてください。 ・上記まとめのほか、ネットプリントを作成したり、印刷用データの配布を行う可能性があります。
🍲短詩の闇鍋会、始まります!🍲
“闇鍋”をテーマにした短歌・俳句・川柳を企画タグで呟くゆる~い企画です。
闇鍋は賑やかな方がきっと楽しい! ぜひお気軽にお誘いあわせのうえご参加ください。
【作品投稿用のタグ】 #短詩の闇鍋会_持ち寄り
【感想投稿用のタグ】 #短詩の闇鍋会_テイスティング
企画用ページ privatter.me/page/679d849...
学生時代に似た悩みを共有していた学友と卒業後数年ぶりに会ったら自分はまだその悩みで立ち止まっているのに学友はそこをすっかり通り過ぎて人生の違うステージで戦っているのを見たときのような、寂しさと居た堪れなさと、置いて行かないでくれという叫びがあるよ
ゲーム内の「審神者」という存在に対してダイレクトに歩み寄ってくれているのは明らかなんだけど、この人には自分と同じ部分があると思って魂の震えを感じたり、彼の怒りが “ わかる “ と思って連帯を覚えたりした「あるone of them」からするといきなりのトップスピードにもう追いつけないくらい取り残されたように感じて、じわじわと寂しい
まだ受容のための過程にいる
にわたずみ 氷がほどけきってからもう踏まれない鏡になった #刀剣短歌 @ikura_tanka
#刀剣短歌 長義さんの話です
やっぱり私、「人」って単語が代名詞と名詞の境をぼかしてくれている歌が好きなんだわ。「彼・彼女」や「あなた・君」より遠くて、でも短歌の中で使われる「人」は少し熱をもっている。
遠雷よ あなたが人を赦すときよく使う文体を覚える/服部真里子
煙草吸ふひとに火を貸す 天国はいかなる場所か考へながら/睦月都
ぬるりさんこんばんは!Blueskyでもご一緒できて嬉しいです💐どうぞよろしくお願いいたします。
思ったことを壊さないで言葉にするのってすごく難しいから、文章になりやすい展開に頭の中ですり替えてしまって自分でもそっちが真実だと信じてしまう
逆かもな この歌をそう読むようになったら自分の状態も俯瞰できたのかも
人はすぐいなくなるから 話してよ 見たことのない海のはなしを/佐藤弓生
物語のなかの大好きな存在たちが立て続けに自分の心を去っていったことに最近やたらと傷ついていたけれど、ひょっとしたら彼らの元を去っているのは、もっと言えば彼らのことを遠ざけるようになったのは、私の方なのかもしれないと思った。その時に浮かんだのはこの歌のことだった。「人は」=あなたは、だと思っていたけれど、いなくなるのは主体の方とも読めるのかもしれない
今は短歌のこと、日曜にまとめて作る作り置き弁当みたいに感じるよ 習慣と、少しの義務感と、少しの達成感
成長したいのかも分かんないな 綺麗にやめられるならそれが良かったけどお出かけの感想を出力する手段が短歌になってしまっているのでずるずる続けている
短歌のアカウントを無くしてから短歌を作る時の心境としてこれまで以上に虚空に向かって話しかけている感が増しており、無に向かって叫んだとしても返って来るのは自分が投げかけた言葉のこだまのみなので成長に停滞を感じている
うすあかり/@ikura_tanka 朝靄の基幹空港いちまいの付箋剥がれるような離陸を かごめかごめ 環状路線に微睡めば今しわれらも異土の客人(まれびと) まぼろしの飴細工職人の手に噴水くだけては捏ねあがる しろ蜜のように木洩れ日垂れくるを鞄がほたり、ほたりつやめく 門という門開かれて会わせねばならぬ心と物は引き合う 列島の硝子は冷えて熱をもつ端末に紛争の続報 黙深し あまたの脚が踏み込んで歩ごと足裏(あうら)に琴(きん)なる廊下 まず読んで始める出会いそれぞれに小さな物語として名を 長い名はなんだか取っつきにくそうででも端折らずに野帳に写す 秋の夜を見下す心地しろがねは銀河を抱いてひかりを返す 刀身へ落ちる影なし人びとが膝柔らかく屈み込めども 望まれて逃れ落ちたることなくて武器は翻意を解さざる鋼 もろびとに立ちあう術はない君のいっとう強くあった時代へ あらがわず搬ばれていく少しずつ貌と硝子は平行になる 黒い服着込めば硝子よく透けて硝子のあぶら曇りが目立つ 拵をいずれ飾ってみたしわが小指の骨を鉱物にして 影の生まれる区画から振り向けば爬虫類館めく展示室 古き世を有事が語りそれよりも古き世は暮らしが残るのみ 反りのない小刀に紅(あか)絡ませていざ切り分けるベリータルトを あたためた陶器のにおい和紅茶はわずかに鉄の熾りを宿す 生涯は下ごしらえのように過ぎ焼き菓子がたちまち湿気てゆく ふいに語の連なりが見え錦秋の露台(テラス)にわれは一首上げおり 炉から火が窯から音が絶やされて彼岸華(ひがんか)さざめき立つ向こう岸 秋更けて来と思いしが飛び石のように観測される真夏日 思い出の答え合わせのままに過ぐ旅にも日がな高揚がある ままならぬ作法多くて飛行機を現代の乗馬と思いけり 細き紐みな掛けられて乗客は一本の針金のよう座す 暗くなり待つ着陸を白鞘に眠りつつ聞くさざめきのごと 旋回の遠心力が引き寄せる関東平野に梨子地のひかり
#刀剣短歌 のような旅行詠のような連作
一番最初に作ったものですが、ツリーに無いのは寂しいので追加します。
旧Twitterの短歌アカウント一度消したんだけど、アカウント自体の消滅と共にこれまで署名がわりに使ってきたアカウント名も一緒に失われるのではと気づいて復活させてきた 投稿はもうしないけど短歌を辞めるその時が来るまではキープしておく
ゆうれい 静岡は金魚のかたち一度その腹に呑まれて東西へ行く ひとつ空くボックス席を埋めにゆく図太さは上京で得たもの ふいに甦る無念も春ならば花の手柄にしていただろう 記憶は思い出ではない光沢紙のように水深薄き清流 ぬかるみを漕ぐ心地して玉砂利を進めばわれら孤舟のひとつ 松の内明けの大社は白布の賽銭箱のままに鎮もる 停戦と短歌との縁を同じだけ祈るどの祭神に向けても 三叉路のある庭園で迷う日の言葉なら足りないでよかった 味方だと示す陣具の幟旗何本立ったって嬉しいよ いっぱいの光を貸してそうすれば彫られた影がよく見えるから 虎の尾の拵いとし尻尾だけ見える子虎の寝相のようで 刀身に陽炎の燦 人間はゆうれい船のように過ぐのみ 焼くほどに脆さを増してゆく鉄よ刀は脆い部分にて斬る 焼失刀の展示図録を胸に抱き梅花藻の群生のそばまで わが雪は富士を巻く雪しか知らず自己追放の解として旅 たまにしかひかりが停まらない街で逃げるひかりを見送っていた
#刀剣短歌 のような旅行詠のような連作
先日三島に行ってきました。私は故郷を離れてもう長いのですが三島市からも遠くない県東部で育ったので、しばらくぶりの出身県は感慨深かったです。
二首の感想を足しました。
果汁一パーセントでもゆずれもん あなたひとりでこの世のかたち/初谷むい『花は泡、そこにいたって会いたいよ』
うれいなくたのしく生きよ娘たち熊銀行に鮭をあずけて/雪舟えま『たんぽるぽる』
片付けられない人間であることは変えられない性質なのでもし整った部屋に暮らしたかったら物を減らすしか解決法がないと気づきこの秋からゆるめのミニマリストのような生活をしていますが、歌集は手放したら最後もう入手できないと思っているので何一つ手放していません
わたしは所有物を限界まで減らすことによって片付けられないタイプの人間の暮らしを人並みの暮らしに近づけようとする生活をしているので、たとえデジタル空間だとしてもほぼ容量無限かつ区分けされていないクローゼットを所有した日にはその中身が無秩序なカオスになっていくのは必然
プライベッター、ただでさえ雑多な内容なのにこれからはデジタル保管していて消えたら困る短歌用のメモの置き場としても使っていこうと思う
旧Twitterの短歌アカウントを引き払ってきた
2024/12 #いいねの数だけ好きな短歌を言う 旧Twitterでやっていたのをまとめました。あと二首分枠があるのでおいおい追加します。
privatter.me/page/675ea44...
いつか沙代さんの短歌を作ろうと思っていたのを叶えられてよかった
噛み締めるように言葉を練る人は名もなき鍋を夏でも作る 池田いくら #二次創作短歌オンリー歌会
● 見ている相手の人となりが浮かんでくる歌でとても好きです。「噛みしめるように」「言葉を練る人」という言葉のチョイスがすてきで、小説や詩歌や演劇を生業にしている人なのかなと想像しています。その言葉を練る人は「名もなき鍋」をしかも「夏でも」というところがすごく人間味を感じます。何か料理名があるわけではないけれど、鍋なのでそれだけでも栄養があってあったかくて、疲れた体をいたわれる人なのだろうな。噛み締める(ぎゅっ)から始まり鍋の湯気の中(ほわほわ)にたどり着く景がしみじみいいなぁと感じました。(ほんのりと違国日記の槇生ちゃんが浮かびました。好きな雰囲気のキャラクターそうなのでどの作品かなと発表が楽しみです)──山と森と街 ● 「噛みしめるように言葉を練る人」とは歌人か文豪でしょうか。「名もなき鍋」という言葉から「文豪とアルケミスト」の坂口安吾(「安吾鍋」という闇鍋を作るそうです)を連想しました。「噛む」「練る」という歯ごたえのある言葉から想像できるのは、作中主体の「言葉」に向き合うひたむきさです。「夏でも」「鍋」を作るということは、食事にも頓着しないのでしょう。私生活を投げ打ってでも「言葉」と向き合っていたい、という作中主体の破滅願望にも似た悲願のようなものを感じました。──おかのきくと ● 「鍋」が冬の季語だと思うのですが、そんな鍋を夏でもつくる、ということに特別感を感じました。「言葉を練る人」が敢えて名前を付けていない鍋(あるいは名前を付けられなかった鍋)、どんなものか気になります。──月ノ華 ● 「言葉を練る人」は「夏でも鍋を作る」という言葉から、主体はこの人をどこか尊敬しているのかなと感じました。──水川怜 ● 夏に鍋。言葉を練るように何事も妥協しない人は、夏に好まれる簡素で喉越し重視の食べものでは満足できないのかもしれません。いつも何かを煮込み続けている、その執念こそが本質なのではないでしょうか。──ゆの ● 二次創作関係なく、短歌をすきな人間として「うわ、こ
うありてぇ〜」と思わせられた描写でした。言葉を大事にしてくれる人は、作品のいちキャラクターであっても、尊敬に値すると思っています。──しまおかさよ ● 闇鍋の歌が二首も!? 2番の歌と同じキャラクター!?と思ったのですが、〈名もなき鍋〉ということはもしかするとこちらは坂口安吾に寄せた歌でしょうか……? 坂口安吾は「安吾鍋」といって、そこら辺にある材料で鍋を作るのを趣味としていたとか。冬の季語にもなっている「闇鍋」ではなく〈名もなき(=世間に流通している名前のない)鍋を夏でも作る〉というのが、安吾鍋っぽいかなあと。なお、〈鍋〉単体では季語にはならないらしく、手元の歳時記に掲載がないのが衝撃でした。寄せ鍋やあんこう鍋といった各種鍋はいちいち載っているのに。 上の句と下の句のつながりについて、〈噛み締めるように言葉を練る人〉だから、そういう人ならではのこだわりで〈名もなき鍋を夏でも作る〉なのか、〈噛み締めるように言葉を練る人〉は言葉を慎重に扱う一方で〈名もなき鍋を夏でも作る〉なのかどちらだろうと想像しました。ただ、どちらというよりは〈夏でも〉から前者のような神経質な拘りを、〈名もなき〉から後者のような大雑把さを感じて、「周囲から見るとちょっと理解できない拘りを抱えている人」という人物像を思い描きました。美食ゆえの拘りではなく、偏食ゆえの拘りという印象があります。 また「名もなき料理」という言い回しは「○○炒め」などとしか言いようのない家庭料理に使われる、〈鍋〉はありものでなんとなく作れるなどのイメージから、文筆家としてもまだそんなに売れていなさそうな、美食にこだわれる立場ではなさそうなイメージが来ているように感じます。でも夏でも鍋を食べられるのは体力がありそうで、貧乏でひょろひょろしている文学青年でもなさそう。──Dr.ギャップ ● いきなり作品をあてに行ったようで恐縮ですが、もしかしてヤマシタトモコ『違国日記』の二次創作か、と思いました。作家の槇生があまり料理に頓着しない人で、ごった煮の鍋をいつでも食べていた記憶があるので……(ぜんぜん
違ったらすみません)。上の句で緊張感があるのですが、下の句の様子に思わずほほえんでしまいます。こんなに言葉に対しては真剣な人なのに、こんなに抜けているところもあるのか、と。そんな作中人物に対して向けられる、詠み手の視点がまたやさしくて、魅力的です。──せいら ★作者コメント 高代槇生/違国日記 季語かどうかは諸説ある「鍋」を季語として据えて作ったつもりでしたが、思いっきり「夏」が入ってしまっているのに提出後に気がつきました。──池田いくら
#二次創作短歌オンリー歌会
#違国短歌