白文鳥の歴史を書籍の形でまとめようと思って、少しずつ書いている。完成するのか分からないけど、完成したら読んでください。江戸時代の後期に文鳥の変異種が現れて、やがてその中から純白の文鳥が現れ、それが大正の頃に一般的な飼鳥になるまでのささやかな歴史です。
白文鳥の歴史を書籍の形でまとめようと思って、少しずつ書いている。完成するのか分からないけど、完成したら読んでください。江戸時代の後期に文鳥の変異種が現れて、やがてその中から純白の文鳥が現れ、それが大正の頃に一般的な飼鳥になるまでのささやかな歴史です。
今日が今年最後の暑い日だったとしても、私はそのことに気づかず一日を過ごし、秋になって最後に暑かったのはいつだったろうと考えても思い出せず、やがて暑かった日があったことなどすっかり忘れてしまう
引っ越したら散歩道の途中で投票できるようになったので、投票するようになった。それまではあまり投票に行かなかった。だから投票しないのも大切な自由ですよね、という感覚がある
甥と姪が日本に遊びに来たので小遣いをあげた。大事に使うようにと言いかけたが、無駄遣いも思い出だなと思って何も言わなかった。古着を買ったようだ。
無防備な半袖だったので腕が火傷のように日焼けした
山に来た
柏原正樹の講義に出席したことがある。レポートの課題は、その時点での未解決問題だった。柏原は、おそらくこの方向で解けるだろう、と見通しを語った。「それでは難しすぎるので、もっと易しい課題にしてくれ」、と言うと、「これはもう論文が出ているのだけど」といって、つまり、独力でその論文と同じ成果を出せ、という事だった。「それでは難しすぎるのでもっと易しい課題にしてくれ」を何回か繰り返した後に、柏原は「ただの計算なので申し訳ないのだけど」といって、学生にも出来そうな課題を出してくれた。帰宅して計算をはじめ、終わる頃には、夜が明けていた。
役所のロビーに置いてあるピアノで、小学生がモーツアルトのピアノソナタを弾いていた。春っぽかった。
実家で片付けものをしていたら、(ララビスを飼っていた)ケージをどうするのかと聞かれた。つまり今後また小鳥を飼うかどうかなのだが、それはあとで考えるとお茶を濁した
母が父の部屋に入って片付けていると色々思い出すようで、嫌なこともあったけれど、楽しいこともあった、と言っていた。楽しかったこととは、家族で散歩して星空を見たことで、「すいきんちかもくどってんかいめい」と私が言っていたというから、小学校1年の頃だろう。あの頃は、一日が今よりもずっと長く、一年先は果てしなく遠い未来のように感じた。
文鳥村の白文鳥について書きました。
あわせてお読みください。
弥富市で白文鳥が誕生したという通説はいつ生まれたのか?
note.com/yanagis/n/nd...
父が作ったテストとその裏に私が描いた絵(たぶんサムライ)
父が残した本を処分するのを手伝った。
文鳥の歴史について調べている。色々分かってきたことがあるので、真面目にまとめたい。
見積もりは見たが、ゴーサインは出していないし、契約書も書いていない。しかし工事の日程の通知がきて、今日から始まった。事前に一部を前金で払うという話があったが、今のところ支払いは全く要求されていない。なぜか工事だけ進んでいる。異存はないので別にいいが。
システムキッチンが古くて不具合があちこちなので、交換することにした。安くてダサいのにした。
物理学者のツン・ダオ・リーが97歳亡くなったらしい。気になって調べたら、ヤン=ミルズ理論のヤンは101歳で存命のようだ。
台所が工事中なので
私が子どもの頃、父は時おり土井晩翠の「暮鐘」を口ずさんでいた
森のねぐらに夕鳥を
麓の里に旅人を
静けき墓になきがらを
夢路の暗にあめつちを
送りて響け暮の鐘
母と私と父の弟の三人だけで葬儀をした。儀式的なことはほとんどなく、ほぼ昔話をする会だった。父が学生だった頃の話、母と結婚した頃の話を聞けて良かった。
父は儀式が嫌いな人間だったので、葬儀はごく簡素な形で行う。代わりに私的な追悼文を書くのが、父にふさわしい弔い方であると思って書いた
note.com/yanagis/n/n5...
例えば、15年前の旅行を懐かしいと思うときに、もうあの旅行は決してできない(体力的にとか、街並みが変わってしまったとか、同行した人はもういないとか、同じ気持ちにはなれないとか)という寂しさがいつもつきまとう
最近、自分の中の「懐かしい」の意味が変わってしまったように感じる。「懐かしい」が「失われて二度と経験できない」を意味するようになってしまった
考えたくない
江藤淳と西部邁のことを考えている
実際には、物を減らすのは容易ではない。生活する限り物は増え続ける。部屋はいつまで経っても片付かない。
たしか夏目漱石の「道草」にも、「世の中に片付くなんてものは殆どありゃしない。」と主人公が深い溜息をはく場面があったはずで、そういえば文庫版の漱石全集が段ボール箱の中にあったな、などと思いながら、先ほど処分用の本を入れて封印した段ボール箱をまた開けてゴソゴソやり始めるのである。
『東京情報コレクション」(講談社現代新書)所収エッセイ「東京の神武たち」で種村季弘は、今ならミニマリストと呼ばれるような、物を持たない生活について書いている。8ページほどのエッセイだが、物を持たずに生きるための考え方が手際よくまとまっていて、高校生の時に影響を受けた。
同書には呉智英の「図書館ワタクシ流書斎術」も載っていて、「東京で暮らすということは、住居費との闘いである。半面、都会生活は文化的コストが安い。東京の各区に公立図書館が……文化的コストの安さの一例なのだ。」とある。
ゴールデンウィークで仕事が休みなので処分する本の選別をしている。本を捨てるのは難しい。何十年も前に読んだ本のある一節をもう一度読み返したくなることは良くあることだからだ。その上、物体としての本は100年以上もつ。しかし、今まで読んだ本を全部置いておくほど部屋は広くない。
これまでも少しずつ本を処分しながら生活してきた。この休みは段ボール箱3箱分くらいを処分用に選別した。思い出と結びついて愛着がある本と入手困難な本以外、いつでも買い直せる本は手放すことにした。
今の本棚の容量が500冊くらいなので、それに収まるまで減らしたいと思っている。