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yadamaru

@yadamaru2

自分で撮影した写真と、ささやかなつぶやきを投稿します。イラストが好きで、リポストも多いです。リスト運用が主なので、何卒ご了承ください。 X (Twitter) メイン→ x.com/yadamaru2 X (Twitter) 艦これ→ x.com/Yadamaru_sub

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zorgirl

14.03.2026 01:35 👍 2609 🔁 459 💬 8 📌 1

今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス (74-75)
.....バビロンに入るも不吉な出来事の連続
史記 平原君・虞卿列伝 第十六(司馬遷)
・平原君 (2)
.....包囲された邯鄲を維持するため、平原君に駅舎の役人李同(李談)が財宝などを放出するよう訴える

13.03.2026 03:15 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
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好みの色になってはぴー

12.03.2026 07:27 👍 85 🔁 13 💬 0 📌 0

今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス (72-73)
史記 平原君・虞卿列伝 第十六(司馬遷)
・平原君 (1)
…..平原君趙勝は、戦国時代の趙の貴族で恵文王の弟。食客3000人を養い、信義と豪傑を好んだ。趙の相国を務め、秦の長平の戦いや邯鄲の戦いで活躍した。

11.03.2026 03:06 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0

サマリーを書くために読書の進捗が遅れているという本末転倒になっているので、今日以降は読んだ部分の報告だけにします^^

10.03.2026 05:26 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0

今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス(70-71)
…..マケドニア兵はペルシャ人の優遇に次第に不満を抱き、マケドニア兵の除隊時の扱いが冷遇的だと激怒した。アレクサンドロスもマケドニア人を役職から外すなどして対抗。やがてマケドニア兵は反省してアレクサンドロスに赦しを乞い和解した。アレクサンドロスは除隊したマケドニア兵や遺族を丁重に遇し関係を修復した。
史記 孟嘗君列伝 第十五-20(司馬遷)
.....孟嘗君は去った客分を罵った。馮驩は、富貴なら士は集まり貧賤なら去るのは当然の理で恨んではならず、賓客の道を絶たず戻った客分は以前のように遇するべきと諭した。

10.03.2026 05:24 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0

今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス(68-69)
…..アレクサンドロスはアフリカ周回の大航海を計画するが、帰還の惨状と重傷の噂が広がり各地で反乱・総督の不正が多発し、オリンピアスとアンティパトロスの対立も起きた。王は計画を棚上げし不正者を処罰した。ペルシアに戻るとカラーノスは病で苦しんで自焼を望み、火葬に際して王にバビロンでの再会を予言した。
史記 孟嘗君列伝 第十五-19(司馬遷)
.....馮驩は秦から戻り、秦が孟嘗君を黄金百鎰で迎える使者を出した事を伝え復職させるよう進言。斉王は孟嘗君を宰相に復し増封して謝罪、秦の使者はそれを知り引き返した。

09.03.2026 03:14 👍 0 🔁 0 💬 1 📌 0

今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス(66-67)
…..アレクサンドロスはインダス河を下って海に出るまで7ヶ月を費やした。艦隊はネアルコスに指揮させ海路を進ませ、自らは陸路で60日掛けて砂漠地帯を横断。灼熱と水不足に苦しみ多くの兵を失ったが、ゲドローシアに到着すると久しぶりの豊かな物資に歓喜した。兵には休息を与え、王宮で大祭りを催した。
史記 孟嘗君列伝 第十五-18(司馬遷)
.....讒言により孟嘗君が免職、客は皆去ったが馮驩は秦に行き、秦王に「孟嘗君を迎え秦が天下を取る好機」と説いた。秦王は車十乗・黄金百鎰で孟嘗君を迎える使者を送った。

06.03.2026 03:40 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0

今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス(63-65)
…..アレクサンドロスは海に出るため河を下りながら制圧を続けた。マルロイ族との戦闘では城壁にかけた梯子が崩敵中で孤立、矢で胸を深く射られ重傷を負ったが、ペウケスタスらが盾となり部下により救出された。サッバースの反乱では、扇動した10人のギュムノソフィスタイと哲学問答をした後、贈り物をして去らせた。
史記 孟嘗君列伝 第十五-17(司馬遷)
.....孟嘗君は激怒して馮驩を呼び戻したが、返済出来ぬ者は証文を焼いて債を免除して恩を売り民の忠誠と支持を得る事こそが利益、との説明に孟嘗君は感心し怒りを収めた。

04.03.2026 03:52 👍 1 🔁 0 💬 0 📌 0

今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス(61-62)
…..アレクサンドロスはガンジス河を渡ろうとしたが、兵たちはポロスの兵より遥かに多い対岸の諸王との戦闘に激しく反対。アレクサンドロスは怒って進軍を強行しようとしたが、友人たちの慰めと兵たちの嘆願の叫びに折れ、巨大な祭壇を築くなど征服を終えたとする様々な欺瞞策を講じて撤退した。
史記 孟嘗君列伝 第十五-16(司馬遷)
..... 馮驩は集めた利息で酒を作らせ牛を買い金を借りた者を集めて振舞った。余裕があり利息を出せた者には元金の返済期日を定め、貧しくて出せなかった者の証文は焼き捨てた。

03.03.2026 04:35 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0

今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス(59-60)
…..タクシレスはエジプト並みの広大な王国を持ち、賢明な王であった。アレクサンドロスに「水や食料を奪われなければ戦う必要はない」と言い、互いに恩恵を競う形で友好を結んだ。アレクサンドロスはヒュダスペス河を渡りポロスの軍を破ったが、元の王国を返上した上にさらに多くの領土を与え、強力な同盟者とした。
史記 孟嘗君列伝 第十五-15(司馬遷)
.....孟嘗君は客分を養うのに年貢では足らず薛の民に金の貸付けをしていたが、戻さないばかりか利息も出せない者が多くいたので、馮驩にその取立てを依頼し馮驩は承知した。

02.03.2026 03:40 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
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ぱたぱた

27.02.2026 10:07 👍 176 🔁 65 💬 0 📌 0

今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス(57-58)
…..アレクサンドロスはインドへ向かう山脈越えに際し、戦利品の多さで軍の進軍が遅れるのを見て、荷車を焼くよう命じた。失物を惜しんだ者は思いの他少なかった。 シシミトレースの岩、ニューサの岩と呼ばれる要衝を危険を冒し気候の不順と軍需品の欠乏に苛まれ重い傷を受けながらもこれを突破した。
史記 孟嘗君列伝 第十五-14(司馬遷)
.....孟嘗君が宰相の時、馮驩を客分としたが何が得意とも言わず、伝舎、幸舎、代舎と昇進させても不遇を嘆く歌を歌うばかりで丸一年何一つ進言せず、孟嘗君は不愉快に思った。

20.02.2026 11:19 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0

今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス(54-56)
アレクサンドロスは饗宴の席での跪拝を導入しようとしたが、カリステネスはこれを拒絶。ギリシャ人らを大きな恥辱から救ったがアレクサンドロスの不興を買った。その後、アレクサンドロスの専制・東方化に不満を持つヘルモラオスらの暗殺陰謀が発覚、カリステネスが扇動したとして捕えられ、カリステネスは死亡した。
史記 孟嘗君列伝 第十五-13(司馬遷)
.....秦の昭王が斉を伐ち呂礼は逃亡した。斉の湣王は宋を滅ぼして気が強くなり、危険を感じた孟嘗君は魏へ移り宰相となった。趙と燕が斉を破り、湣王は莒に籠りその地で死んだ。

19.02.2026 04:06 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0

今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス(52-53)
….. 激しく嘆いているアレクサンドロスに対し、カリステネスは穏やかに諭しアナクサルコスは王権の絶対性を説いた。アレクサンドロスはアナクサルコスの言葉を喜んだ。カリステネスは弁舌の力で若者たちに称賛され、質素で厳格な生活ぶりで長老たちに好かれ王権に媚びなかったため、他の哲学者や阿諛者から嫉妬された。
史記 孟嘗君列伝 第十五-12(司馬遷)
.....呂礼が秦から亡命し斉の宰相に就任し蘇代を排除しようとした。蘇代は引退して薛にいた孟嘗君に斉・秦同盟を防ぎ孟嘗君の復権を図る策を授け、孟嘗君はこれを採用した。

18.02.2026 02:12 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0

今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス(50-51)
…..ギリシャの果物が運ばれ、アレクサンドロスはクレイトスを呼んで宴会を開いたが、詩人が蛮族に敗れた将軍を嘲る詩を歌いこれに抗議したクレイトスと激しい口論になり、クレイトスはマケドニア人のようではなくなったアレクサンドロスを厳しく非難した。アレクサンドロスはとうとうクレイトスを槍で突き殺した。
史記 孟嘗君列伝 第十五-11(司馬遷)
..... 讒言により孟嘗君は謀叛を疑われたが、魏子が薛の年貢を密かに貸し付けていた男が王宮の門前で無実を訴えて首を刎ねた。驚いた湣王が調べ直し、孟嘗君の無実が判明した。

17.02.2026 03:53 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0

今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス(48-49)
…..フィロタースは傲慢さが酷くなり、偉大な業績は父と自分のお陰と主張した。ディムノスがアレクサンドロス暗殺を企てたが、フィロタースはその密告を二回も無視。アレクサンドロスらはフィロタースが関わっていると嫌疑をかけて拷問しフィロタースと父のパルメニオーンを死刑にしたので、友人たちは不安を抱いた。
史記 孟嘗君列伝 第十五-10(司馬遷)
..... 孟嘗君は帰国すると宰相となった。秦への怨みを晴らすため韓・魏と共同し西周から兵を借りて秦を攻めんとしたが、西周の使者となった蘇代の勧めに従い、秦と和睦した。

16.02.2026 04:24 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0

今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス(46-47)
.....アレクサンドロスは遠征にあたりマケドニア兵を残し精鋭部隊だけを率いた。ペルシャの人々をマケドニアの風習に近づけるため、3万人の少年を選びギリシャ文字を習わせた。友人たちのうち、ペルシャ風に風習を変えたヘーファイスティオーンを蛮族、祖先伝来の風趣を守るクラテロスをギリシャ人らの交渉役とした。
史記 孟嘗君列伝 第十五-9(司馬遷)
..... 趙では平原君が孟嘗君を引き止めた。町人は賢者と云われる孟嘗君を見物に来たが「立派だろうと思ったが小男だった」と笑い者にしたので、客分達は数百人を切り殺した。

07.02.2026 02:41 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0

今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス(44-45)
.....アレクサンドロスは精鋭を率いてヒュルカニアー、さらにはパルティアーに進軍、敵は戦わず降伏しついにペルシャ帝国を征服した。アレクサンドロスはペルシャ国民と周囲の蛮族を慰撫するため、メーディアーとペルシャの双方の特徴に合わせた現地風の衣装を着るようにしたが、マケドニアの人々は心苦しく思った。
史記 孟嘗君列伝 第十五-8(司馬遷)
..... 昭王は孟嘗君を赦した事を後悔して早馬で追手をかけた。孟嘗君は夜半に函谷関に着いたが開門は規則で夜明けだったため、鶏の鳴き真似が得意な客分を使い無事に脱出した。

04.02.2026 02:49 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0

今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス(41-43)
.....ダーレイオスの追撃を再開してまもなく、ダーレイオスはベーッソスに裏切られ捕らえられたとの報せがあり、アレクサンドロスはテッサリアーの兵士を除隊・帰国させ騎兵で追撃した。敵陣営に入ると、瀕死のダーレイオスはアレクサンドロスに感謝の意を伝えて死んだ。ベーッソスは捕らえられ八つ裂き刑に処された。
史記 孟嘗君列伝 第十五-7(司馬遷)
.....孟嘗君は昭王の寵姫にとりなしを頼んだ。所有している狐白裘を所望され、盗みが上手な客分に昭王に献上したものを盗み出させて渡した。孟嘗君は釈放され、急いで出立した。

03.02.2026 02:50 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0
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29.01.2026 09:41 👍 1447 🔁 179 💬 8 📌 2

今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス(39-40)
(部下への褒賞にまつわるエピソードが主。記載省略)
史記 孟嘗君列伝 第十五-6(司馬遷)
.....その後、とうとう孟嘗君は秦に行くことになった。昭王は孟嘗君を宰相としたが、「賢人だが斉の利益を第一にするだろうから危険だ」と勧告され、監禁して殺すことにした。

29.01.2026 03:24 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0

河野与一の本文では、ダーレイオス追撃の細かい経緯やペルシス(戦闘の現場はその核心部の峠「ペルシャの門」、敵将はアリオバルザネス、アレクサンドロス軍を初めて撃退し善戦した)・ペルセポリスの戦闘について述べられておらずわかりにくいので、歴史的資料に基づき追補しました。

24.01.2026 05:56 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0

今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス(37-38)
.....リキュアーとペルシャの混血の捕虜に道案内を頼んだがダーレイオスを追撃できず、ペルセポリスへ向かった。ペルシスで敵の抵抗に会い敗退、迂回して夜襲で突破し敵捕虜の大殺戮を行った。
スーサと同等の貨幣と宝物を入手、酒宴でプトレマイオスの妻に復讐を嗾けられ王宮に火をかけたが後悔してすぐ火を消した。
史記 孟嘗君列伝 第十五-5(司馬遷)
.....秦の昭王は孟嘗君が賢者であると聞き、涇陽君を人質として送り孟嘗君に会いたいと申し入れた。孟嘗君は受諾したが客分は誰も賛成せず、蘇代の諌めに従い思いとどまった。

24.01.2026 05:47 👍 0 🔁 0 💬 1 📌 0

今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス(35-36)
.....アレクサンドロスはバビュローニアーに進み、火の出る割れ目や泉のように湧くナフタの流れを嘆賞した。アテーノファース提案で近侍の少年ステファノスの体にそれを塗り、引火して危うく焼死させそうになった。アレクサンドロスはスーサの王にもなり、王宮で4万タラントンの貨幣など莫大な財宝を手に入れた。
史記 孟嘗君列伝 第十五-4(司馬遷)
.....孟嘗君は諸侯の賓客だった者から罪を得て亡命した者まで全財産を投げ出して厚遇したので、食客は数千人にもなったが、身分を問わず誰でも分け隔てなく手厚くもてなした。

21.01.2026 04:30 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0

今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス(33-34)
.....アレクサンドロスが攻め掛かると戦いが始まる前にペルシャ軍が後退、そのまま追撃戦に移り、ダーレイオスのいる中央に敗走兵を追い込んだ。戦車は反転できなくなり、ダーレイオスは戦車と武器を捨て馬で逃走した。パルメニオーンから再度要請があり援軍として向かったが、到着前にペルシャ軍は潰走していた。
史記 孟嘗君列伝 第十五-3(司馬遷)
.....田文は、家産ばかり富んで士分は貧しく政道は欠けるばかりと父を諫め、田嬰は田文に家産の管理と客分の接待を任せた。田嬰の死後、田文は薛の領地を継ぎ孟嘗君と呼ばれた。

20.01.2026 03:28 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0

今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス(31-32)
.....アレクサンドロスとダーレイオスはガウガメーラで決戦、パルメニオーンは夜襲で敵兵力を削ぐべきと主張したが、アレクサンドロスは「私は勝利を盗まない」と拒否。翌日、パルメニオーンは前面にバクトリアー騎兵、後方の輜重隊を襲う敵兵に挟撃され救援を求めたが、アレクサンドロスは前面と戦えと指示した。
史記 孟嘗君列伝 第十五-2(司馬遷)
.....田嬰は五月五日生まれの子は戸と齊しくなり父母に不利と信じ、田文を殺せと命じたが母は育てた。怒る父に田文は「命は天か戸か。戸なら高くすれば出られぬ子なし」と諫めた。

19.01.2026 04:58 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0

今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス(29-30)
.....ダーレイオスが和議を求める手紙を寄越した。友好を結び同盟国となること、母と妻子の開放に一万タラントン払うこと、エウフラテス河から西をローマ領とすることなどを条件としたが、アレクサンドロスは拒否した。その後捕虜のダーレイオスの妻が死に、アレクサンドロスは自らの寛大さを示す機会を失い後悔した。
史記 孟嘗君列伝 第十五-1(司馬遷)
.....孟嘗君(田文)の父・田嬰は斉威王の少子で宣王の弟。威王時代から要職に就き、宣王時代に田忌・孫臏らと魏を破り、宰相を務めた。宣王の死後、湣王により薛に封じられた。

17.01.2026 03:24 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0

今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス(26-28)
.....アレクサンドロスはエジプトを征服。ギリシャ風の町を建設して残したいと思いファロス島沿岸の大きな入江に都市の建設着工を指示し、アンモーン神殿に向かった。水不足と砂漠の南風に苦しみながら到着、預言者が発音を誤り我が子と言うべきところをゼウスの子と言ったのを喜び、蛮族に神の子として振舞った。
史記 孟子・荀卿列伝 第十四-4(司馬遷)
.....荀卿は稷下の学士の長老で三度祭酒となったが、誹謗を受けて楚へ行き春申君に仕えて蘭陵令に任命された。春申君の死後免職、蘭陵に住んで著述に専念しそこで没した。

16.01.2026 02:53 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0

今日の読書
プルターク英雄伝(九)(プルータルコス)
・アレクサンドロス(24-25)
.....イッソスの戦いの後、最も勇敢に戦ったテッサリアーの騎兵たちにダマスコスの接収を任せて報いた。アレクサンドロスは沿岸地方の征服を優先、諸王は自ら下り、キュプロスとフェニキアの殆どを配下とした。テュロスのみは抗戦したので七ヶ月間攻囲、並行してアンティリバスのアラビア族を討伐、テュロスを破った後に南下しガザを攻囲して下した。
史記 孟子・荀卿列伝 第十四-3(司馬遷)
.....その他の稷下の学士について列記。淳于髡、慎到、環淵、接子、田駢、鄒奭。斉王は列大夫と呼び、大路に屋敷を構えさせ尊敬寵愛した。

14.01.2026 02:38 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0