乾燥卵白が届いた。漆芸分類上は絞漆だと思うが、塗装用途ではなく、接着剤になるよう球状タンパク質を重曹で展開してグルー化させてから漆に混ぜているので絞漆よりも粘性は高いが、塗布後に立体感が残らず液化して濡れ性に寄与する性質があるようだ。まだ配合比率が確定していないが、一応、陶器の接着テストピースも作っておいた。タンパク質の再凝集が割と早く起こるようで、圧着するとテープ無しでも固定するのは、この漆の特徴かもしれない。チャッピーとGeminiに接着性を予想して貰ったら、接着強度はカゼインを混ぜた場合と同等で、それ以上になる可能性は低いとの事。実際、そんな感じがする。
13.03.2026 11:17
👍 0
🔁 1
💬 0
📌 0
もう30年位前の話になるが、とある家元さんと茶道のカジュアル化について話をしたことがある。私も若くて躍起だったので、カジュアルにするなら、これは必要性を感じないとか勝手な事を言うなかで、容器に茶を入れて振れば茶筅も不要では、と言ったところ「茶道は流派や点前、道具などいろいろな変化があったが、茶の湯が生まれた時から唯一変わっていないのが茶筅。もし茶筅の形が失われたら茶道も無くなってしまうよ。」と言われ、軽はずみに大変申し訳ないことを口にしたと痛感しとても後悔したことがある。それ以来、私は物事について考える時、変わらずに残っているモノの重さというものを見失わないよう気をつける事にしている。
11.03.2026 10:34
👍 1
🔁 0
💬 0
📌 0
漆接着剤に動物性タンパク質を用いる選択肢として、卵白のタンパク質を使う案を考えているが、卵白の90%は水分であり漆に添加するには、まず水を減らす必要がある。実験科学では遠心分離や特殊膜の濾過という方法があるが、一般家庭でも可能な方法を探したところ、カゼイン抽出と同様、レモンや酢で酸性にしてタンパク質を沈殿させた後、水分を蒸発させる方法があると分かる。材料は入手しやすいが時間が掛かる。カゼインの時はカッテージチーズを使うことで時間を省略できた。卵白も何か代替物がないかと探したら、製菓材料でズバリ「乾燥卵白(メレンゲパウダー)」というのがあった。今は探せば何でも出てくるものだなぁと感心した。
10.03.2026 00:57
👍 1
🔁 0
💬 0
📌 0
以前に日常食器の接着は動物性タンパク質が最適ではないかと書いた。カゼイン漆の論文にはコラーゲンペプチド(分子量の小さい膠)もカゼインに準じると書いてあるので、チャッピーとその話をしたら、卵白の求核性官能基の方がウルシオールとの結合に適していると言う。しかし絞漆は漆単体の塗膜にくらべて硬度が落ちるという論文を読んだことがあるので、それを伝えたら卵白のタンパク質は畳まれているので、カゼインの扱いと同様、加熱とアルカリで展開をしないとウルシオールと共有結合しないと言う。
まだ試していないが、もし卵白で強力な接着力が生成されるとしたら、金継ぎの新しい歴史が刻まれるのではないかと少し期待している。
09.03.2026 12:08
👍 0
🔁 0
💬 0
📌 0
金継ぎは漆直しの歴史であり、金は疵を目立たせる思想ではなく、漆色の悪目立ちを隠すための加飾だ、という前提は重要だという話は何度かしている。
理由は単純で、思想や見た目を上位にすると物質の代替が許されてしまうからだ。要するに漆じゃなくても良くなるからで、漆という物質的価値を最上位に置いて考えないと、漆を大切にしたり残していく事に繋がる最適解にはならない。
これを見失うと件のカナダ人に限らず合成樹脂の金継ぎもアリだという話になる。漆を扱う人間は、見た目や思想を優先すると一時的に共感はされても、結果的に漆直しという漆芸の一つを失う可能性があるという事に、もう少し注意を払った方が良いと思っている。
08.03.2026 04:53
👍 0
🔁 0
💬 0
📌 0
正直なところ、自分でも何が一番良いのかは未だに分からないが、少なくともこれは陶磁器修理のためには良くないだろうという事はいくつか分かった。noteに金継ぎの話を書き始めた一番の理由はコロナと金継ぎブームで仕事が減って暇になったからだが、金継ぎを理解しながらやる人が増えてほしいという極めて個人的な願望があった事も大きい。noteを無料公開にしているのは金継ぎのOS部分という意味もある。現状、それで金継ぎを理解した人が増えたかというと、ネットを見る限りにおいて功を奏したとは言い難い状況のようだが、あと100年もあれば多少は違ってくるだろうという根拠のない希望は持ち続けたいとは思っている。
01.03.2026 04:56
👍 2
🔁 0
💬 0
📌 0
漆芸家なら金継ぎなんて誰でも出来るという話は、20年前に私が店を始めた時からある、というか昔はそういう人しか居なかったと思う。少なくとも金継ぎの話をして興味を持ってくれた漆芸家には会っていない。
確かに金継ぎは漆芸技法の中では最も基礎的な技術しか使わない。しかし、金継ぎをするには糊漆と麦漆はどちらが良いのか?砥の粉は珪藻土と火成岩のどちらが適するのかという質問に答えてくれた人も居なかったし、ヒントになるような本も無かったと思う。そこで、金継ぎをする漆芸家は居るけど金継ぎを理解している漆芸家は本当に居るのか?という疑問が出た。金継ぎが長く見向きもされなかった理由も多分そこにあると思う。
01.03.2026 04:31
👍 2
🔁 1
💬 1
📌 0
それと、勘違いしている人は多いが、割って金継ぎをするのは外国人の発明ではなく、以前から日本の文化センターの講習会では既にやっていた。参加規模が小さかったので話題にならなかっただけで、実は日本起源だったりする。
金継ぎは漆直しに端を発するから、元から直すという意味合いで続いていたのは確かだが、モッタイナイやSDGsやサスティナブルと金継ぎを結びつけた事で少し歴史解釈が極端になっているきらいはある。
とは言え、ファッション化すると新たな消費行動として大量消費を加速させるだろうというのは分かっていたことなので、個人的に金継ぎはあくまでも修理だというスタンスを維持する事が大切だろうとは思っている。
26.02.2026 23:47
👍 0
🔁 0
💬 0
📌 0
Xでまた器を割って金継ぎする話で微炎上している。自国の正当性を語るナショナリズム騒ぎで始終するので傍観しているが。
あれは自分探しをどうにかしないと解決しないのは以前に話したが、別角度で解釈すると入れ墨タトゥー問題みたいなものだ。入れ墨は元々、職人の覚悟を表すものだったが、その後に罪人への罰となり、ヤの職業の虚勢アイテムになるという歴史があり、結果的に日本では好まれないが、タトゥーの場合は総じてプリントTシャツと同じファッションアイテム程度の意味しかない。
外国金継ぎは精神だ哲学だと理由付けはしてもファッションの範疇でやっている事で、日本の文化とは無関係なものになっているから騒ぐ話ではない。
26.02.2026 23:23
👍 0
🔁 0
💬 1
📌 0
合成うるし塗料いわゆるカシューは、開発の原点を辿ると漆の本歌取りの意識は極めて大きい。どこまで漆の良さを引き継ぐことが出来るのかが強く意識されている。その点において個人的にはカシューを非常に高く評価しているのだが、これが金継ぎになると、被れる、乾かすのが面倒、値段が高いなどの理由で漆を下げておいて、その逆だから良いという文脈でカシューの利用を推奨することが多く、完全に本歌取りの意識は失われてしまっている。伝統とか文化とかいう文言でカシューを使うなら、まずはカシューがどういったいきさつで生まれたのかという事から理解し、その上で本歌取りを忘れずに扱うという事は大切ではないかと思う。
26.02.2026 10:12
👍 0
🔁 0
💬 0
📌 0
昔の作品の趣向を深く解釈し、新たな物に加える行為は世界各地にあるが、日本の嗜み文化ではこれを「本歌取り」と言う。和歌を起源とし、やがて様々な芸術に用いられる事となる。茶道具でも茶碗や茶入など本歌取りはよく見る。3Dコピーが存在しない時代において本歌取りの品は貴重な伝達アイテムとして機能しており、オリジナルが滅失した場合、その面影を想像するために必要とされていた。さて、最近は漆直し以外も金色っぽさがあれば金継ぎという括りにされて伝統やアートや哲学などと言って紹介されるが、果たして本歌取りという意識があるかというと、正直かなり疑わしい。本歌取りというよりは、単なるオイシイところ取りとしか思えない。
26.02.2026 09:52
👍 0
🔁 0
💬 1
📌 0
カナダ人金継ぎ師 炎上事件の闇を暴く
YouTube video by Sougo Kobayakawa - The Tea Master
わざわざ再炎上させる必要もないので、こっちだけに書くが、件のカナダの人、茶道家の権威を利用する方法に出たようで。私はどちらの立場でもないが茶道家に送ったメールの内容については、日本人は英語が読めないから写真だけ見て騒いでいるという前提ありきの論陣で、更にXの騒ぎの概要から合成樹脂の危険性という話も持ってきたのだろう、基本的に上辺だけ寄せ集めて組み上げるのが上手い(上手くないが)人だという印象。茶道家の安易に言葉を使う批判は考えものという話は全くその通りだと思うが、闇を暴くというタイトルは、その安易な言葉の使い方そのものではという感じもする。
youtu.be/8Ma3f4yUAPg?...
24.02.2026 00:12
👍 0
🔁 0
💬 0
📌 0
漆直しを含む漆芸という伝統は、河豚の食文化と似ている。河豚は知らずに食べればテトロドトキシンで致死することもある猛毒魚だが、毒の部位を知り、捌き方を学び調理をすれば食材として命を繋ぐことが出来る。有毒な卵巣ですら処理して食材にする。それが日本の食文化であり伝統というものだ。漆は知らずに扱えば天然の毒だが、祖先は漆を少しずつ理解し生活に活用する方法を編み出してきた。我々現代人はその伝統の末に存在して、次ぎの世代にそれを繋いでいこうとする。金継ぎもまた、その末席にいる。漆や河豚を知らない文化圏の人々には理解し難い事かもしれない。だがせめて日本人はそうした事を理解して金継ぎを語ってほしいと思う。
21.02.2026 02:58
👍 1
🔁 0
💬 0
📌 0
金継ぎの話は大抵「伝統」とセットで語られる。特にヘンテコ金継ぎ系では伝統だから金継ぎとして許されるという側面が大きい。私が金継ぎを始めた頃は国内外問わず金色にする意味が分からない、金色は邪魔という話は多かった。ところが伝統だからという文言が付くと、これが東洋の神秘になる。
だが、金継ぎが持つ伝統というのは本来、行為や様式ではなく漆直しにある。漆を扱う知識や技術が伝統であって、それ以外は伝統の結果論なのだが、金色の下に何があるかを知らない人にとっては、行為と様式しか目に入らない。映えを重視する実に現代的思考だと思う。そして、それしか目に入らなかった人々が広めたのが今の金継ぎという歴史解釈である。
21.02.2026 01:26
👍 1
🔁 0
💬 1
📌 0
日本の場合ヘンテコ金継ぎよりも更に根深いのは、本漆を使うトンデモ金継ぎだ。大別して2つあり、1つは過剰に漆を持ち上げる問題。もう1つが経験不足問題。
過剰持ち上げ問題はブーム以前からあり、漆で直すと元の器より強度が上がる。漆は天然物だから安全。殺菌効果でウィルスが死滅。どれも限定的には正しいが、絶対的なものとして公言されている。
経験不足問題は、漆芸はしているが金継ぎの経験が浅いため漆器に用いる技術が絶対だと思い込んで教授してしまうケース。何度か言っているが木胎技術をそのまま陶胎に持ち込んでも実用レベルになるとは限らない。だが大抵は漆芸家という肩書で経験不足を帳消しにしている場合が多い。
19.02.2026 05:45
👍 1
🔁 0
💬 0
📌 0
ただし個人的にそこまで悲観的にならないのは、これと似たような歴史が既に江戸~明治にかけてあった事を知っているからだ。庶民の器物修理として登場した焼継ぎは、あっという間に漆直しを駆逐した。昭和に入って焼継ぎが廃れた事で、その空白に入り込んだのが現在の食器の修理として言われる金継ぎである。利便性という理由で一気に広まったものは、いずれ他の利便性によって駆逐されて急激に衰退する。歴史は形を変えて繰り返す。恐らくヘンテコ金継ぎにもそういう流れは来るだろう。重要なのは、それを漆直しが傍観できるかどうかで、そのために今、何をすれば良いのかを考える事だと思う。伝統という知識の蓄積はそのためにある。
18.02.2026 07:37
👍 1
🔁 0
💬 0
📌 0
カナダの金継ぎ講師の一件はやはりSNSの炎上コンテンツとして消費され終わったようだ。この手の海外ヘンテコ金継ぎへの意見というのは断続的に登場し、その度に外国人は日本の精神が分かっていないという批判が出るが、これは海外よりも日本の方が酷く根の深い問題なのは意外と知られていない。そもそもヘンテコ金継ぎは日本人がヘンテコ解釈を海外で広めた事に起源があり、その解釈が逆輸入されて日本で広まりヘンテコ金継ぎの自己啓発や講習会の講師があちこちに現れたという流れがある。今や漆と合成樹脂の区別が付かないのは言うまでもなく、ヘンテコ金継ぎの方が日本の伝統だと思っている人も増えてきている。何ともし難い状況だ。
18.02.2026 07:19
👍 1
🔁 0
💬 1
📌 0
金継ぎの為に器を割る問題は社会構造の話なので深くは突っ込まないが、あれは個人主義の弊害だと思う。元来、個人の価値は社会機能から相対的に決まるもので、少なくとも日本において個は家という社会機能を土台として決定されていたと思う。しかし海外文化の流入によって個人のバリューは個人で決定できると定義され、自分探しというマーケットが発生する。個の価値を個自身で判断するのは土台無理な話だが、客観視という哲学を無理強いすることで可能という事にした。本来、破壊行為は金継ぎに内在する発想ではないはずだが、金継ぎ思想とかいう発明によってそれが可能になってしまっている。ここを理解しないと解決しない問題ではある。
14.02.2026 02:40
👍 0
🔁 1
💬 0
📌 0
接着強度の点から言えば、日常使用に向いている漆の接着剤は動物性タンパク質を使ったもの、具体的には膠はカゼインという事になる。デンプンやグルテン(植物性タンパク質)は、糊を漆が包んだ状態で耐水性を確保しているが、動物性タンパク質の場合は漆被れでも分かるように共有結合という極めて強い結びつきで漆の架橋構造そのものに関わってくる。本来であれば金継ぎのハウツーには動物性タンパク質を使った漆糊が紹介されて然るべきだと思うが、9分9厘そういう話が出てこないのは、麦漆でもそこそこの強度があるという事と膠漆を知らない人が多いのとワークショップなどでは扱いにくいという教える側の理由にあると思う。
13.02.2026 00:06
👍 0
🔁 0
💬 0
📌 0
私は現在、金継ぎを仕事にしているが、では伝統的職業かと言われたら否だと言える。金継ぎは、漆直しの延長線上として何千万何億円に相当する名物を直す方法として始まった。戦中戦後に於いて多くの名物が骨董品に変わっていくのに伴い庶民が買える骨董品の修理法へと変化し、平成に入ってからは余暇の趣味として一般食器の修理に用いられるようになったという変遷がある。一般食器の修理は、本来、継物師や焼継師の職能だったが、その職業が滅したため、そこに金継ぎが入り込んだというのが正史だ。本来は日常耐久性など考慮されていない修理を少しでも向上させるのが目標で、それは漆芸を元にした挑戦ではあるが伝統的職業とは言い難い。
06.02.2026 05:40
👍 2
🔁 0
💬 0
📌 0
縄文時代から連綿と続く漆直しや金継ぎが広まり難いのは、レンジや食洗機で使えないという理由だけで簡単に否定されてしまう事からも分かるように、生活様式に添ぐわないからだ。電化製品など皆無の時代に生まれた修理だから当然なのだが、現代はそれが許容されない方が多い。そのために分かりやすい物語性や手軽さを強調して無理に広めようとするのが今の金継ぎだ。しかし本来、金継ぎは調和を旨とする。そして日本の調和は至極寡黙であって派手さも手軽さも無い。心を研ぎ澄まし静かに淡々と自然と対話をし、少しずつ見えてくるものが調和だ。金継ぎはそうした空間で成立してきたものだが、残念ながら、そこはなかなか理解されない。
03.02.2026 10:30
👍 0
🔁 0
💬 0
📌 0
勿体ないに意味の違いはないと思っている人が多いようだが、そんな事はない。物が無い時代の勿体ないは、切迫した状況において生活と密接に関わっており、直す事は生きる事に付随したものであったのに対し、現在の物が飽和した時代の勿体ないは、切迫よりも余暇あるいは贅沢という側面が極めて大きい。
金継ぎは1990年以降、趣味や生活の余暇として行われるようになっており、現在の金継ぎブームもまたその延長線上にある。直さなければ生活に支障をきたすわけではなく、直しても直さなくても良いが直した方が生活に充足感が持てるというパラダイムシフトがあって現在の金継ぎは成立している。勿体ないもまたそれと同列だと言える。
01.02.2026 03:24
👍 0
🔁 0
💬 0
📌 0
「勿体ない」という言葉を"物が無い時代"と"物が飽和した時代"で同じ文脈に用いるのは無理があるのと同様、金継ぎもそうだと思う。金継ぎの文脈が最初に分岐変質したのは恐らく戦中戦後で、茶道具から骨董に対象物が変わった事が大きいと思う。平成末から令和に於いても金継ぎの文脈は分岐変質したと感じていたが、その根拠がよく分からなかった。しかしふと、器よりも金継ぎする値段の方が上になったら、それは本来、金継ぎではなく蒔絵工芸という意味合いに変質するのだろうと気が付いた。つまり修理陶器が実器ではなく木地と同じ単なる陶胎として扱われるようになったら、それは金継ぎではなく蒔絵と呼ぶほうが適切なのだろうという話。
30.01.2026 08:16
👍 0
🔁 0
💬 0
📌 0
2020年頃から目に付くようになった金継ぎの不完全性や新たな価値の創出という考え方は、調べるとやはり海外発信の傾向が強い。当初、これは外国のアートが持つコンセプト説明の必要性に拠るものだろうと考えていたのだが、現状の漆芸と無縁な合成樹脂の金継ぎの広がりを見ると、市場拡大の都合の良い言い訳としての意味合いなのかも知れないと思うようになった。金継ぎにエコロジーやリサイクルの意味を持たせようとする傾向は1990年頃からあったが、それは無理筋だという事で2000年にブームは一度鎮火している。それに変わる強固なワードとして使われるようになったのが、不完全や新たな価値というワードという事なのだろう。
28.01.2026 07:10
👍 0
🔁 0
💬 0
📌 0
たまに金継ぎの極意とか奥義というワードを売りにしたハウツーを見るが、極意というのは言語化不可能な技術を言語化しないまま伝達体得するものだと個人的には考えている。言語化した形式知は単なるマニュアルであって極意ではない。極意のように見えても、殆どは特定分野で言語化していなかっただけで、他分野では既にマニュアルとして明文化された知識だ。では、金継ぎに極意はあるのかというと、それは筆の運び方であったり、背筋の伸ばし方や肩の力の抜き方といった本人は分かるが他人が見ても分からない部分だろう。言い換えれば、やらずに分かるのはマニュアル、やって分かるのが極意で、元来、極意はハウツーとして成立しにくいものだ。
24.01.2026 03:29
👍 0
🔁 0
💬 0
📌 0
#愚痴 ポジティブリストの時もだが真鍮粉でもそれとなく文句が来た。別に拡大するブームに歯止めをかけようというつもりはなく、何なら常に自分の仕事の首を絞め続けていると言ってもいいわけだが。
1900年代と今の金継ぎブームは、やっている側が無知だというのはどちらも同じだが、今のブームの最大の問題は、哲学だ精神だといった良さげな話で幾重にもオブラートしているせいで無知である事が隠れてしまっている事じゃないかと感じている。特に実用器という生活に根ざした修理は、アートと違って時代のルールを常に鑑みながら進める事が重要ではないだろうか。時代に反発する必要は無い。修理は自由以前に実直であるべきだ。
16.01.2026 00:42
👍 1
🔁 0
💬 0
📌 0
Xは拡散力が強すぎるので詳細はこちらに記載しておく。現在、簡易金継ぎとして、100%近く使用されている真鍮粉だが、メーカーに質問していた回答が来た。真鍮および真鍮を含む金属粉末は食品添加物として認められていないため、食品への添加は勿論、口に接触する部分および経口する食品と接触する箇所へ使用するのも非推奨とのこと。早い話が真鍮は実用器で使用する事が認められおらず使ってはいけない粉体だという事。従って食品衛生法PLでの樹脂と同様、実用器の金継ぎ(漆器の蒔絵を含む)として用いることも当然出来ないという事になる。何故、これまで問題視されなかったのかは不明だが、安全性では本金・銀のみ可という結論。
14.01.2026 06:08
👍 3
🔁 0
💬 0
📌 0
個人が言っている事を無自覚に信じたり、メーカーが注意喚起する接着剤や合成うるしを使って金継ぎを広める現状は、正直困った話だと思っているが、では過去の器物修理は安全なものを使っていたかというと実は意外とそうでもなく、焼継ぎは鉛入りガラスだし、化粧に使う汞粉(塩化水銀)と卵白を混ぜる方法も有り、漆も嵩増しで低級油を混ぜてはいたりする。無論、安全性の基準も無いし、知らずにやっていたわけだが、科学的に原材料が分かるようになった今日から言えば、やらないに越したことはない方法だ。昔と今では材料の科学的知識のレベルは雲泥の差なのだが、器物修理では簡易という名目でそれが失われ昔と大差ない状態だったりする。
11.01.2026 04:17
👍 0
🔁 0
💬 0
📌 0
歴史的に見ると継物師や焼継師は記録にあるが、金継ぎ師は無い。平成末に金継ぎ師がネット上に登場するが、殆どは金継ぎを作品だと言って見せたり講習会を開いて人を集めたりするだけで、技術的な話をするでもなく、文献や歴史を調べるでもなく、喜んでもらったという話をする程度だ。工芸関連やホビー関連の人たちは、技術的な話や歴史的な話を公開するのに、なぜ金継ぎ師はそういう話はしないのか?ずっと不思議だったが、仕事中、急に思い付いた。金継ぎをする漆芸家や工作好きは居るが、殆どの人にとって金継ぎはそれで十分で、本質的にそういう感じだったのだろう、と。歴史的に金継ぎ師というのは、やっぱり存在していないのだと思う。
07.01.2026 11:56
👍 0
🔁 0
💬 0
📌 0