何事においてもそうだけれど、特に思索においては、タブーなしに切り込んでみないとしっかりした根拠には辿り着かないものだ。
その昔、ある経営者が組織論に関するスピーチで「ならぬものは、ならぬのです!」と断言して喝采を浴びていた。
そんなくだらない曖昧な理屈でも、彼に付き従う人たちは「そうだそうだ」 「目から鱗です」といった論調で「理解できて」しまっていた。その光景は後々の私にとっては良い教材だった。
何事においてもそうだけれど、特に思索においては、タブーなしに切り込んでみないとしっかりした根拠には辿り着かないものだ。
その昔、ある経営者が組織論に関するスピーチで「ならぬものは、ならぬのです!」と断言して喝采を浴びていた。
そんなくだらない曖昧な理屈でも、彼に付き従う人たちは「そうだそうだ」 「目から鱗です」といった論調で「理解できて」しまっていた。その光景は後々の私にとっては良い教材だった。
「超えるべきではない枠組み」というものを我々は何層にも重層的に持っていて、普段はそれは無意識に隠されているのですが、限界状況ではその存在が認識できることがある。限界状況でない時には、そういうものをテーブルに乗せることは確かに狂気的だと言えそうです。因果的な必然か、はたまた単なる揺らぎなのか、その枠組みを誰かが踏み越えてしまうことがあり、すると他の者も必然、暗黙の前提がそこに存在していたことを意識せざるを得ない。願わくばそう、誰もその壁を超えずに幸せになれたら良い。本当にそう思います。
割に合わないから駄目、それこそが正しい答えですね。私も今のところは、諸々の恩恵を与えてくれるこの国の法の秩序をとても重要なものだと思っています。
温室の外では生きられない、それももしかしたらそう、けれどそれでも人は時に、外の世界を目指すことがあり得ると思います。パンのみに生きるに非ずということでしょうか。多分「生きる」という概念のハードルが低いのでしょうね。
所有者不明の放棄地や空き家などを見ると、日本の帳簿など無視して私がその土地を所有/管理した方がどれだけ効率的かとたまに思うよ。
また同じように、とても沢山の資産を持っている人を見ると「この人を殺して家を略奪したら、どれほどの富の再配分が即時に起こるだろう」と考えることがある。
考えるだけで、実際にするわけじゃない。ただ、意識して眠らせている選択肢はあるんだ。
免税などで税金を実質払っていなくても、法律に従っている時点で、法的な権利を享受する資格が十分にある。
日本の法律に従わないということだってできる。でもそうしないで、日本政府の社会運営に協力しているのだから。
沢山芽が出てるのが安納芋、いまいちなのが紅あずま。紅あずまちょっと不安だな。
大麻栽培
”goblincore” っていう概念がすでにあるんだね。日本で言う森ガールみたいなものの一派か?
www.theotheraesthetic.com/blog/how-to-...
現代の福祉概念は法治主義と人権概念の結び付きによって成り立っている。
それは国家とか社会運営の効率以前の審判不可能な原則として私たちの前に横たわっており、その前提を否定すると様々な領域で国際的なペナルティが課される。
つまり個々人の権利の保障こそが現代社会の根本テーマで、技術や経済の発展や成長は、本来は副次的な課題であるはずだ。
であれば官僚機構の役割は人々の幸福追求の利害を調整することであって、それは官僚があくまで受動的な従僕として社会の中で機能していくことを意味すると思う。
お金持ちが不幸ということは珍しくないし、貧しい者が幸福であることも珍しくない。
けれど人間は、パチンコをやめられなかったり、宝くじでお金をすってしまうのと同じように、お金を得るために自分の大切な持ち物を空費することをやめられない。
ゴブリンブーム来ないかな
Blue Fox
Owen Gent.
「大洗水族館マリンワールド」ネコザメの卵。
#青空旅行部
私の作るカゴなどは、典型的な「ゴブリンアート」だと言えるだろう。
ゴブリン…なるほどゴブリンは私たちの新しい偶像になり得る。粗野で卑しく、一方で陽気、逞しく、茶目っ気があり生命力と賑やかさに溢れている。
十字軍の騎士のような人々に対比させるとしたら、そのようなものが我々の道を照らしてくれるかもしれない。
お金を追いかけていたら、きっとキラキラした空虚の中に未来が追い詰められていっただろう。
今は暖かい大地の上にあり、雑多な草の芽吹きと共に私という一匹の動物が生きている。
自然は予測も制御もできない。終わりなく湧きあがるその混沌を、私は豊かさと呼ぶ。
博物館に収益目標を課したり、就労支援に対人支援そっちのけで金儲けさせようとしたり。
そろばん弾いて物事を貧しくさせようとする人たちがいる。彼らの言う通りにしてたら、もともと数字にならないような価値は全部壊されて、奪われてしまう。
財務省のそろばんは、オッカムの剃刀みたいなもの。
事象を数字に変えた瞬間に色々なものがあふれて、取りこぼされる。
「これで全てが明白になった!」と彼らは勘違いするけれど、現実のことなんて、何ひとつわかっちゃいない。
The violence they unleash does not lead to peace, but to the next, even greater violence.
I oppose America's violation of the sovereignty of countries around the world. What they are doing is a war crime.
The Japanese government, which is happy to fall in line with America, cannot be trusted either. They are truly happy to be in a honeymoon relationship with criminals.
アメリカによる世界中の国への主権侵害には反対だ。彼らのやっていることは戦争犯罪だ。
そのアメリカに嬉々として歩調を合わせようとする日本政府も信用できない。彼らは犯罪者と蜜月の関係にあることを心底喜んでいる。
John Brown's body lies a-moldering in the grave,
But his soul goes marching on.
Who Watches the Watchmen?
きょうのやさい
私たちは自由な資本主義の豊かさの中で生きてきた。だが今見ているものはそれとは違う。
今私たちが見ているのは「支配型資本主義」だ。それは資本の力をもって国家や法律といった社会基盤そのものを超越し、奪い去ろうとしている。
自由な資本主義が、支配型の資本主義と戦うことは必然だ。
なぜ道徳的義務が生じるのか? 自由主義や民主主義、信教の自由などが人々に救いをもたらすという信念を維持するためだ。
民主主義が万民の幸福を目指し全ての人を救おうとするのでなければ、そこからはじき出される人々は必然的に、民主主義を否定するしかない。
だから、国際秩序や、法による支配を通して現体制を維持することでもっとも恩恵を受けている先進国が、自らその価値観を示し、この秩序を維持することは必然の義務なのだ。そしてそれができない時には、現状の平和や世界のルールもまた、維持されなくなる。
だいたい「仕事」というレイヤーをたったひとつ挟んだ瞬間に、日本人の倫理観や人権意識は最低レベルになる。
これは日本人自体が「仕事」について、それだけ劣悪な環境や歪んだ観念、慣習に浸り続けてきた結果だ。
イランは世界最大の難民受け入れ国で、その数は350万人と言われる。それが戦地になれば、難民はさらに漂流して他の国を目指す。
こうした戦争難民は、労働移民とは違い、先進各国に受け入れの道徳的義務がある。難民受け入れを拒絶することもまた、民族浄化と虐殺への加担のひとつの形だ。