成功すると、どんな判断や行動も正当化されやすくなる傾向がある。思い込みは部分的な成功から生まれることもある。
#今日の気づき
成功すると、どんな判断や行動も正当化されやすくなる傾向がある。思い込みは部分的な成功から生まれることもある。
#今日の気づき
思考というのは不思議なもので、言葉をもたせると途端に扱いやすくなる。逆に、名前の付かない感情に振り回されて混乱することもある。
僕の机の上はメモだらけだ。
未来の自分のために焦ってやるより、今の自分のために腰を据えてやる方が、結果的に未来に効くことが多い。
僕には、どうしても気分が落ち込んで、前を向けない日がある。長く続くこともある。これは、そんなとき思い出すようにしている言葉。
今の自分のためにできるのは、休むこと。
自分が他者から見えているか不安という感覚と承認欲求は、同じじゃないけど似ている気がする。
#今日の気づき
ひらめきは厄介だ。色が薄くて、足が早い。見かけたら、すぐに言葉で印を付けておかないと、少しよそ見をした間にいなくなっている。
いわゆる「すごい能力」を持つ人も、努力や苦労をしていないわけではない。
「才能」や「天才」という言葉は、一般的には褒め言葉として使われている。しかし言われる側にとっては、努力や苦労が評価されない言葉として響く場合もあるのかもしれない。
僕は言われたことがないのでわからないけど。
#今日の気づき
やめる理由がないから、続けている。そんな状態になっているときがある。
始めたときは確かに意味があった。でも、今の自分には少し合わなくなっている気がする。それでもせっかくここまでやったし、習慣になっているから。そんな惰性で続けていることがある。
#今日の気づき
誰かの言葉や小さな習慣、いつもの景色に触れて「世界と繋がっている」「いつもの場所に戻ってきた」と感じる瞬間がある。そのときに胸の奥に生まれるゆるみが、僕にとっての“安心”なのだと思う。
#今日の気づき
言葉が真実を探るための道具であることをやめ、自分の正しさを守るための武器になったとき、思考は歪み始めるのだと思う。
#今日の気づき
僕は、自分の幸せを基準にして、誰かの幸せを願ってしまうことがある。
#今日の気づき
何かをしていれば、不安が一時的に遠のく。ただ手を動かしているだけで、安心することがある。でも、あとから振り返ると、不安が和らいだ以外は何も変わっていない、ということがある。
僕は、努力を「前に進むため」ではなく、「不安を解消するため」にしてしまうときがある。
#今日の気づき
マインド・コントロールという語を「心の支配」と翻訳すると、対象は捉えにくく不確かで、どこか不安が付き纏う感じがした。
一方で「脳の支配」と翻訳すると、認知と行動の変容として見えてきて、仕組みを知れば対策できるかもしれない、という期待が生まれた。
#今日の気づき
手段は、本来「人が使うもの」だが、その手段が信仰された瞬間、人は「手段を守るために使役される」存在へと反転することがある。
#今日の気づき
自分がどういう人間かという感覚が薄くなって、自分をうまく説明できなくなるときがある。そんなときは、どこにも寄りかかれていない感じがして、目の前のものが全部、危険なんじゃないかと思えてくる。
また部屋の整理を始めた。
モノを手放すか手放さないかを判断するとき、僕はモノを介して自分自身、自分の人生と向き合っているのだと思う。
#今日の気づき
技術革新という言葉がある。新しい技術がビジネスを媒介にして、社会の深部にまで入り込んだ瞬間のことを指す言葉だとしたら。
儲からず、利害が噛み合わなかった新しい技術は、どこへいったのだろう。
僕が名言を素直に受け入れられたのは、それが真理だからじゃなかった気がする。聞いただけで、進んだり変化している気になれたからだ。
名言は考えるための言葉というより、安心を買うために消費する言葉だった。
#今日の気づき
今は誰かに認められる世界より、自分が居心地良く感じる世界を選んでいる。自分を苦しくない状態にしておくために、努力しているのだと思う。
#今日の気づき
己に対して誠実な人の言葉は響くことが多い。
他人の期待や社会的な圧力ではなく、自分自身の内なる声に従って生きている人――価値観、信念、感情、行動が深く調和している人の言葉は、信頼と説得力を生むのかもしれない。
欲望はその扱い方によって、言葉の選択に思いもしない影響を与えるのかもしれない。
kakuyomu.jp/works/822139...
孤独を引き受けて、専心する。
誰かの上に立つことなく、孤独を引き受けたまま、ひとつのことを究めていきたい。
#今日の問いかけ
科学は説明のための道具であり、価値判断は立場の表明である。その境界を曖昧にしたまま断定が行われたとき(説明と意見が混ざり、科学が価値判断の盾になったとき)、文章は歪み始めるのかもしれない。
#今日の気づき
きっと来年も、また思う。
一般的と言われる幸福論に自分が当てはまらないなら、どうすればいいのだろう。
ちゃんと自分の頑張りを見ててもらえたんだ、これからも泥臭く頑張っていこう。今回はだめだったけど、次はこのアプローチでリベンジしてみよう。
これからは、そう思えるような言葉を自分にかけていきたい。
「(悪い意味での)抽象的」と「曖昧」は、よく似た言葉にみえる。けれど、分かりにくさの質は少し違う。どう違うのかを考えてみた。
悪い意味で抽象的な文章は、ピントは合っているのに、遠くから写しすぎて対象が見えなくなっている感じだ。
一方で、曖昧な文章は、そもそもピントが合ってなく、像そのものがぼやけている感じ。
抽象と曖昧の違いを“言葉の倍率とピント”と仮定してみたら、考える前よりすっきりした。
#今日の気づき
アイデアは、言語化できて初めて“形”を持つと思う。
頭の中に浮かんでいる段階では、まだ可能性の雲みたいなもので、実体がない。
僕は思索しているとき、雑でもいいから言葉にしてみると、思考に形ができて、自分の考えが手に取れるようになる。
言語化は、曖昧なものを“実在”へ引き寄せる行為なのかもしれない。
#今日の気づき
他者の答えが、自分の文脈にうまくはまらないことは、決して珍しくない。
本当の意味で僕を支えてきたのは、誰かに与えられた答えではなかった。自分の感覚を通して、試行錯誤しながら辿り着いた答えだ。そして不思議なことに、人生の中で何度も立ち返れる足場になっているのは、出した答えではなく、答えに自力で辿り着いたという経験だった。
だから、答えをそのまま差し出すことに、僕は慎重になる。
#今日の問いかけ
僕は地震速報が苦手だ。
昨日の速報はメンタルへのダメージが大きかったので、回復するまで休むことにした。
sizu.me/irohachi/pos...