それにしても前回台北に来た時はまだ空港までMRT開通してなかったことに気づいた。いやほんと、便利な時代になってたんだねえ…。
それにしても前回台北に来た時はまだ空港までMRT開通してなかったことに気づいた。いやほんと、便利な時代になってたんだねえ…。
機内で「長安のライチ」を観たのだけど(時間不足だったので途中かなり飛ばしてオチはちゃんと観た)、人間万事塞翁が馬でいいと言えばいいのだけど、人生ってなんなんだろうね…というなんだかとてもやるせない話だった。
少数民族研究冬の時代。昔大変メジャーだった民族アイデンティティ研究なんて危険すぎて到底できなくなったね。
こういうのから日本の「科学者」イメージの典型例が実際は「モノを作る技術者」になってることがわかるな…。
搭乗待ちの間にピクミン4の動画見てたら「シザイ」で道具を作れる「材料工学のスペシャリスト」が「科学者」として出てきた。そいつは科学者というよりエンジニア・技術者であろうよ…。
news.yahoo.co.jp/articles/705...
ちなみにこの人は選択的夫婦別姓制に反対らしい。家族の一体性を損なうからだろうか。
その親元の学会は確か今年チリであるんだけど、開催できるんだろうか…私は普通でも予算不足で行けないから元々不参加なんだけど…。
そういや自分7月に台湾で学会発表あるのだけど、燃油サーチャージすごくなりすぎで行けないのでは?てかそもそも飛行機飛ぶのか?という気がしてきた。
しかも大体円高の頃のやつなので、地味に儲かってる!🤣
旅行前に外貨整理してたら出てくるわでてくるわ。各種外貨小銭取り揃えてた。もはやまったく使えない中国の1分硬貨出てきたし(笑)
円安の根本原因は賃上げの停滞か 実質為替レートで新研究 - 日本経済新聞 www.nikkei.com/article/DGXZ...
生産性は向上してるのに他国に日本は比べて賃金上昇につながらず、円が安くなった、と。
研究助成の案内がいくつかきてちょっとわたわたしてしまった。申請できるか確認して申請するか決めようとするも、それほどの額じゃないし申請書書く時間ないなあで割と流してしまいがちなんだけどね。
『Walden』を読み進めている。
なんだか、これにはアメリカのことが全部書いてある感がある。
現代アメリカの設計図というか、、、。
・チャリティーなんていらない。魂を自立させろ→アメリカ人の福祉嫌いだー!!
・知的エリートから大学を解放して、すべての農村を大学にするのだ→コミュニティカレッジだー!!
みたいな。
正直、アメリカと付き合う立場の人間はみんなコレを読むべきかも、、、。
我が国はアメリカの属国みたいなものなのに、ソローが無名に近くて大学の課題図書にもなってないのはまずいのではないか、とか、思っちゃうな。
キヴィアさんちゃんと脚がムキムキなのいいな。アニメで女性武闘派キャラにちゃんと筋肉あるのは最近珍しい。 #勇者刑に処す
出張帰りの楽しみ。駅弁と地ビール。
院生くらいの頃に初対面だった人は大体覚えてるけど、ポスドク以降に初対面だった人は割とすぐ忘れてしまうということが明らかに。知ってる人の閾値の問題かな…。
知り合いにはたくさん挨拶したのに気がつくと集団に入りそびれてひとりバス。大変ありがちである。
しかし、宿泊施設はもうちょっと真面目にゲスト対応について外国人従業員に研修とかしないとあかんよね。あとは組織文化の改善。
加藤好崇先生の講演。そうか、「やさしい日本語」って観光場面でもすごく活用されてたのね。「日本語話していいんだ!」という点で、ホスト側の心理的負担がすごく下がるらしい。
あっそうか。広島大学ってもともと高等師範学校だから教育学部こんなにでかいんだ…。
妻がいる界隈はいまだに女性を下に見る人が普通にいるらしく、その辺の空気感がもう違いすぎる。
それにしても会話分析のパネル来たけど、部屋にいる人の8割は女性だな…。やはり社会言語学系は女性がもはやマジョリティ。
そしてのーん!大会論文集pdfに無駄に保護がかかってる!やめて!メモやマーカーできん!
広島大学来たけど、教育学研究科がガチでラビリンス。
なぜ私はいつもあさりよしとおとゆうきまさみがごっちゃになるんだろう…。ひらがなだからか…。
書評依頼が来たので9月あたりに読み終わった本の書評にやっと取り掛かることができた。でもさすがに半年も前だともう記憶が薄れててまた軽く読み直さないといけないことがわかった。やれやれ。
見た感じスキャンの性能が上がってたので無駄ではなかったということにしたい。
たった今スキャンした論文、15年前にどうやら前後の論文とまとめてスキャンしてた模様。まったく記憶になかったね!
ウォーフ『言語・思考・現実』を本棚に戻す前に池上嘉彦による訳者解説読んでるけど、これなかなか素晴らしい論考だな。言語学史的な話もあるし言語と認知の関係性についての当時の考え方がよくわかる。