僕は Python のことけっこう好きだからひどいことを言われると悲しいですよ 単純にね
僕は Python のことけっこう好きだからひどいことを言われると悲しいですよ 単純にね
見ざる 聞かざる ワオキツネザル
BlockSite という特定のサイトへのアクセスを一定時間遮断する Chrome 拡張を使ってるんですけど、日本語対応がハチャメチャで、一時停止したあと再開するボタンは「履歴書」なんですよね
Google Scholar PDF Reader たしかに便利なんだけど印刷と相性が悪いね
「ノーベル文学賞 英ブックメーカーの受賞者予想で村上春樹がオッズ一位」では製本所か何かが副業でギャンブルをやっているのだと思い込んでいたけど、「南カリフォルニアのブックメーカー」の登場により「ブックメーカー」は別に製本所ではなく単にギャンブル事業者という意味なことがわかりました
すぐ忘れそうになるので何度でも書くんですけど、批評は専門家に任せておいて、我々技術者は驚かれ屋をやっていく、そうですよね
ひとは一般に何らかのゲームに参加していて、そこではルールを意識する方がうまくプレイできるとは思うんだけど、うまくやろうと思うとエンジョイ勢であり続けるのが難しくなってしまってあんまり良くないですよね
マリオの映画の続編、こんなアイコンだから気になる話です
ほぼ毎週同じ時間に通って数年経つ喫茶店、あまりに行動パターンが固定化されているため、「先週は誤って賞味期限が切れたものをお出ししてしまい…」のお詫びの品が投機的実行で準備されていた
『頭のいい人が話す前に考えていること』と『世界一流エンジニアの思考法』はタイトルの方向性はかなり近いと思うんだけど、前者を手に取るのはなんかちょっとどうかなみたいな気持ちになるよね、後者は平気なのに…
別に本当に何者かになりたいわけではなくて単にわかりやすい目標(甲子園優勝!)があるほうがモチベーションを保ちやすいというだけ、だからたとえばある朝目覚めたら何者かになっていたというのは全然求めていない、という感じもあるんだけどまあこういうのはけっこう人によるよね
大谷君はワークライフバランスを200対マイナス100くらいに調整した結果として圧倒的成果を手にしたものと思い込んでいたから、ふつうにライフもやっていたらしいというのはややショックではある
Binarized Neural Networks 懐かしいですね、離散的な性質のものをうまいこと学習するのに当時興味があってちょっと勉強しましたね
100人くらいフォローしてるのに "This feed is empty!" で困惑してたんだけど、右端で Following じゃなくて Popular With Friends を選んでいただけだった。これ、アクセスし直したりしたら Following に戻ってほしいね
たとえば村上春樹とか解釈の幅が広くて好き勝手に受け取って良いからけっこう好きで、音楽も一般にはそういうところがあるんだけど、オペラみたいに歌詞やストーリーがあるものは主に時代や地域の違いに由来する(作曲者・作者との)解釈違いを突きつけられ続ける感じであんまり好きじゃないんだよね
これはまったく逆の解釈もあり得て、そもそも言葉だって通じた気になっているだけで実は1ミリも通じていない、その意味で音楽はバッチリ世界共通語なのかもしれない
音楽は世界共通語っていうけど、単に誤解に気付きにくいだけな気もするんだよね。『夜の女王のアリア』を音だけ聴いたらメッセージが「復讐の炎は地獄のように我が心に燃え」だとは思わないじゃん。だとしたら『ジュピター』だってもしかしたら地獄をテーマにした曲かもしれない
それに生成エーアイとしても、コードの意図を推測させられるより明確に書かれている方が人間をサポートしやすい。というわけで、ここからコメントをモリモリ書くスタイルのコードが復権する可能性もあるのかな、と Github Copilot を使い始めてちょっと思っています
それは何故かというと、ほとんど同じことを自然言語とプログラミング言語の両方で書いて維持していくのが面倒だからですよね。ところが ChatGPT / Github Copilot という翻訳が圧倒的に得意な存在が生まれてその前提が崩れつつある。片方を書けば、あまり手間なくもう片方を生成できるんですよね。→
大昔に「マイクロソフトのソフトウェアのソースコードは半分以上がコメント」だと読んだことがあって、その真偽はともかくとして、その後コメントをたくさん書くスタイルは廃れて、コード本体からはわかりにくいところ(何をどうするかではなく、なぜそうするか)だけを書くのが主流になっている。→
オーケー、普通の人が資産運用で99点をとる方法とその考え方はわかった、じゃあ普通の人が自己投資して99点をとる方法とその考え方は…?
ラーメンとか多種多様な動物を投入しておいて最終的なメインは小麦粉だからすごいよね
ダシ文化は動物性タンパク質を摂取した気持ちになりながら白米を大量消費するためのテクだと思っているので(もちろん例外はいくらでもある)、糖質制限がどうこうみたいな現代の食生活のトレンドとあまり相性が良くない気もしています
たとえば『ムーミン谷の彗星』にも同じようなメッセージが含まれているけれど、彗星が衝突して世界が滅びようとしているところでダンス・パーティに飛び入り参加するという行動を素直に受け入れるのはなかなか難しい
『フリーレン』最新話、「困難なときにこそ人生を楽しめ」というメッセージは通常「いや、困難は困難でしょ…」という印象になりがちなところを、困難を進んで楽しむ性質のもの、すなわち(ゲームにおける)ダンジョンを題材とすることでその可能性に現実味を与えているんですよね。見事だと思います
鳥貴族なんですけど、右のブースのカップルは「私が八王子に行ったら寂しい…?」と話していて、左のブースの4人組は「旧帝大を知らない??」と話していて、僕はフィッツジェラルドの短編集で社交界のダンスパーティーのことを読んでいて、なんか人生って感じだね
これは指導教員氏の教えの受け売りなんですけど、エーアイ開発はデータ量が本質ということになると部屋に籠ってPCを眺めているだけではすぐ限界が来てしまう、そうではなく書を捨てよ、町へ出よう、つまりロボットがキー・テクノロジーになるんですね
そろそろ自分のいる領域にも踏み込んできそうで、やや困るなとは思うんだけど、でもちょっと楽しみだよね
技術者としてはね、「スゲー!!」という気持ちで好機を捉えて強いモチベーションで前進できるようなパワーが大事というのはよくわかっていて、そこは驚き屋を見習わないといけないよね
すごいのは間違いないんだけど、データを大量に用意できる領域ではすごいことができる、というところまで一般化するとこれは何度目だろうなという気持ちにもなるよね。とはいえ、そうでない領域って実はそんなに大きくないのかもしれない