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哲学者とプロ野球選手|shinshinohara 哲学って、超近寄りがたい。凄く難しいことを考える学問というイメージが強い。まだそこまで知識のない若者や一般人からしたら、敬遠したい学問のダントツトップだと思う。 これは「哲学」という名前自体にも問題がある。「哲」っていう字は「先哲」とか「哲人」とか、無茶苦茶優れた人を称賛する言葉。頂点を極めた人の名称。そのせいか、「哲学」は、いきなり最初から超難しいことをあれこれ考えねばならない学問、というイメ...

noteにまとめました。

哲学者とプロ野球選手|shinshinohara note.com/shinshinohar...

19.02.2026 03:23 👍 0 🔁 0 💬 0 📌 0

そして「知を愛する」という、無知な人間でもすぐさまスタートできるようなところから活動を再スタートする。愛知者は当然お高く止まることなく、互いに知を愛する者として、知のファンになる。そうしたことが、今後の愛知や愛知者には求められるのではないだろうか。

19.02.2026 03:23 👍 0 🔁 0 💬 1 📌 0

ここ20-30 年の(日本での)哲学の低迷は、大いに(日本の)哲学者に責任があるように思う。難しいお勉強ご、お高くとまるための道具になり果ててるような気がしてならない。この状況を打開するには、もはやデファクトスタンダードになったかに思える「哲学」という名前、「哲学者」という名前もかなぐり捨て、愛智、そして愛智者と名乗るようにした方がよいのかもしれない。

19.02.2026 03:22 👍 0 🔁 0 💬 1 📌 0

もし「哲学の専門用語も理解できないような素人とは話にならん」とお高くとまっている哲学者なる人に出会ったとしたら、「あなたは愛智者ではない」と言ってよいように思う。なぜなら、自分が常人とは違う 優れた人間だと証明するための道具に「知」が成り果てているのだから。知を道具扱いする時点でもはや愛知者とは呼べない(どっちかと言うとソフィストになっちゃうと思う)。知を愛するのなら、自分の優越感を味わうための道具になどしないはず。

19.02.2026 03:22 👍 1 🔁 0 💬 1 📌 0

だから、ソクラテスのもとには若者たちがウジャウジャいた。学問のレベルは様々だったと思われる。でも、知を愛するという一点において、みんな同志。これって、野球を愛するプロ野球選手と同じ姿に見えないだろうか。野球を愛することに関しては、子どもであろうと大人であろうと関係ない、一緒に野球を愛する仲間じゃないか、という気持ちがあるから、プロ野球選手は喜んで少年野球の指導にも参加するのだろう。

19.02.2026 03:22 👍 0 🔁 0 💬 1 📌 0

こういう問答を重ねると、なんと、若者にもソクラテスにもなかった知恵が発見される。ソクラテスは、問答によって、まだ誰も発見していなかった知を生み出す技術を「産婆術」と呼んでいた。

なんでソクラテスはこんなことができたのだろう?それは「哲学者」ではなく「知を愛する者」(愛智者)だったからだと思う。知を愛するということにかけて、若者も老人もない、同じ地平に立つ人間じゃないか、という考え方だったのだろう。だから、もし新しい血が得られるのだとしたら、相手が若者であろうと何であろうと、一緒に新しい知を発見する旅に出たくなったのだろう。

19.02.2026 03:22 👍 0 🔁 0 💬 1 📌 0

哲学者と言えばソクラテスが最大級に有名な人だと思うけど、面白いことに、ソクラテスは無知な若者と話すのが大好きだった。無知な相手だったらいろいろ教えることができて偉そうにできるから?いやいや、違う違う。ソクラテスはなんと、知識がろくにない若者から教えてもらいたがった。若者が何かネタを口にすると「ほう、それは面白いね。どういうこと?」「ほほう、だとするとこれと組み合わせて考えたらどうなるかね?」と、どんどん問いかけた。若者はその問いに答えようとウンウン考え、答えをひねり出す。するとまたソクラテスは喜んで、新たな問いかけをする。

19.02.2026 03:22 👍 0 🔁 0 💬 1 📌 0

私が「哲学」という言葉から感じるのは、自分たちだけが「プロ」でいるために、素人を遠ざけようとしている、その高慢さ。どうも日本語の「哲学」は残念ながら、その高慢さが必ずセットになってお届けになる困った商品になっているように思う。

「哲学」という名前は昔々、西周という人が、外国語のフィロソフィーの訳語として考えたものらしいんだけど、もうこの名称、変えたほうがいいと思う。よく言われるんだけど、フィロソフィーは「知を愛する」という意味。なら、「愛知」がふさわしい。県名と紛らわしいのなら「愛智」でも構わない。

19.02.2026 03:22 👍 0 🔁 0 💬 1 📌 0

プロ野球選手が、そうした初心者や素人を大事にするのは、プロ野球のファンを増やしたい、それによって自分たちの職業が保たれている、という打算がないわけではないと思う。でも、自分も小さなころはそうだったなあ、バットをまともに振ることも、ボールをまともに投げることもできなかったよなあ、と、自分が初心者だったことろの時期を思い出し、本気で応援するつもりで子どもたちを指導しているのだと思う。

19.02.2026 03:21 👍 0 🔁 0 💬 1 📌 0

プロ野球選手はよく、少年野球と交流したりする。野球を好きになってもらいたい、いつかは一緒にプレーする仲間になるかも、と思って、喜んで指導する。プロ野球選手からしたら、バットもまともに触れない子どもの技術なんて、評価に値しないかもしれない。でもプロ野球選手はほぼ全員、そうした初心者であっても馬鹿にせず、一所懸命に取り組むその姿に惜しみない称賛を与えるだろう。

19.02.2026 03:21 👍 0 🔁 0 💬 1 📌 0

哲学者(の一部)は、それをやってしまっているように思う。高尚な学問をしている優れたオレ、それが理解できない下々、と、高みに立っている感じがする人に出会うことしばしば。プロ野球選手でそんなのがいたら、たぶん即刻クビになると思う。チームの存続さえ危ぶまれかねない事態になるからね。

19.02.2026 03:21 👍 0 🔁 0 💬 1 📌 0

でももしプロ野球選手が、少年野球をやっている子たちを見下したらどうなるだろう?「その程度の球速でしか投げられないのか」「その程度のボールも打てないのか」と嗤(わら)ったら、その少年たちは二度と野球なんかするもんか、と反発するだろう。たとえプロであっても子どもが憧れることはなくなるだろう。「あんなイヤミな人間になるくらいなら、野球なんかしないほうがいい」となって当然だろう。

19.02.2026 03:21 👍 0 🔁 0 💬 1 📌 0

もしプロ野球選手が「ライバルを増やしたくないから、少年野球や高校野球を根絶やしにしよう」と考えたらどうなるだろう?野球ファンは急速に減少し、プロ野球を観戦しに行く人は激減し、プロは成立しなくなってしまうだろう。プロ野球選手があこがれの職業でいられるのは、少年野球から始まる選手層の分厚さと、ファンの広大さにあるように思う。

少年野球のころから取り組むから、プロ野球の別格さが理解でき、あこがれも生まれる。たとえプロ野球選手になれなかったとしても、野球そのものが楽しいからずっと取り組める。そして、野球というスポーツのファンにもなり、プロ野球選手を応援する気にもなる。

19.02.2026 03:20 👍 0 🔁 0 💬 1 📌 0

今の(日本の)哲学って、野球の世界に例えるなら、プロ野球しか存在しないようなものだと思う。野球の世界では、プロ野球以外にも少年野球、高校野球、草野球、社会人野球などがある。何なら野球もどきで、キックベースボールみたいな幼児でも遊べる形態がある。こうして、それぞれのレベルに合わせて野球を楽しめる仕組みがある。そのすそ野の広さが野球ファンを増やし、プロ野球をも成立させているのだと思う。

19.02.2026 03:20 👍 0 🔁 0 💬 1 📌 0

で、こういっちゃ悪いけど、いわゆる「哲学者」は、一部だとは思うのだけど、それを鼻にかけているきらいがある。「一般人が理解できないような難しい学問に取り組んでいるぜベイベー」という雰囲気まき散らしている自称「哲学者」に何人も出会ったことがある。哲学学んでこんなイヤミな人間になるのなら、哲学なんかやらなくていいや、と思わずにいられないようなイヤミったらしさ。哲学は、現代の日本では、初学者にとって最も近寄りがたく、敬遠したい学問になっているように思う。実際、本屋さんでは、哲学は最も売れ行きが悪いコーナーらしいし。そりゃそうだろ。

19.02.2026 03:20 👍 0 🔁 0 💬 1 📌 0

哲学って、超近寄りがたい。凄く難しいことを考える学問というイメージが強い。まだそこまで知識のない若者や一般人からしたら、敬遠したい学問のダントツトップだと思う。

これは「哲学」という名前自体にも問題がある。「哲」っていう字は「先哲」とか「哲人」とか、無茶苦茶優れた人を称賛する言葉。頂点を極めた人の名称。そのせいか、「哲学」は、いきなり最初から超難しいことをあれこれ考えねばならない学問、というイメージが強くて、初心者には超とっつきにくい。実際、大学の哲学の講義を受けたけど、意味不明の専門用語バリバリで、「理解できる奴だけついてこい」みたいな感じだった。今思えばやな感じ。

19.02.2026 03:19 👍 1 🔁 0 💬 1 📌 0
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教えないこと、観察すること、問いかけること、驚き、面白がること|shinshinohara 〉篠原さんのお子様のように、学びが楽しい、自分の人生を自分ごとで歩むようになるための接し方など何か気をつけてらっしゃることがあるのでしょうか? こんな質問を頂いたので、考えてみる。 子育てで気をつけたことと言えば ・教えないこと ・観察すること ・問いかけること ・驚き、面白がること かな、と思う。 まず、教えないことについて。 子どもって、教えなくても学び、成長する力がある。赤ちゃんは教えも...

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教えないこと、観察すること、問いかけること、驚き、面白がること|shinshinohara note.com/shinshinohar...

15.02.2026 13:44 👍 2 🔁 0 💬 0 📌 0
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Libertyは「奴隷じゃない」、Freedomは「干渉がない」|shinshinohara LibertyもFreedomも「自由」って訳されるけど、どうも腑に落ちなかった。 Libertyは「奴隷じゃない」 Freedomは「干渉がない」 って訳したほうがわかりやすいんじゃないか、と考えて、ようやく腑に落ちた。 Libertyの語源はラテン語で、奴隷じゃない市民の状態を表す言葉だったらしい。奴隷のように主人にこき使われ、従うしかない、法的な保護がない状態とは違い、法的に守られてる状態...

noteにまとめました。

Libertyは「奴隷じゃない」、Freedomは「干渉がない」|shinshinohara note.com/shinshinohar...

13.02.2026 12:18 👍 2 🔁 0 💬 0 📌 0

「自由」なんて訳語を捏造したから、「自由」なんていう特別なものがあるかのように錯覚してしまうけど、実はLibertyは「奴隷じゃない」、Freedomは「干渉がない」って訳したほうが、現実に沿う気がする。

13.02.2026 12:17 👍 2 🔁 0 💬 1 📌 0

LibertyもFreedomも「自由」って訳されるけど、どうも腑に落ちなかった。
Libertyは「奴隷じゃない」
Freedomは「干渉がない」
って訳したほうがわかりやすいんじゃないか、と考えて、ようやく腑に落ちた。

Libertyの語源はラテン語で、奴隷じゃない市民の状態を表す言葉だったらしい。奴隷のように主人にこき使われ、従うしかない、法的な保護がない状態とは違い、法的に守られてる状態。それがLibertyらしい。

他方、Freedomは、ジョン・スチュワート・ミルの「自由論」で詳しく論ぜられてるけど、「政府からのいらぬ口出し、干渉がない」という意味。

13.02.2026 12:17 👍 5 🔁 0 💬 1 📌 0

左派は、自分もか弱い人間であり、欠点が多い人間であり、休憩もしたければ息抜きもしたい、ごく普通の人間なのだ、という人間観を持ち、「努力ばかりじゃしんどいよね!さぼろうか!」と言い切れてしまう勇気が必要。それが従来の左派には乏しい。だから、多くの人がついていけなくなるのだと思う。
以上が、日本の左派のダメなところだと思う(あくまで個人的見解)。でも逆に言えば、これらの欠点を直視し、改善することができるなら、流れは大いに変わるように思う。
変化が起きるのが大好きな私は、果たして私のつぶやきがどれだけ伝わるかわからんけど、ま、変化が起きると面白くなるよな、と思って、一石投じてみる。

12.02.2026 09:26 👍 5 🔁 0 💬 0 📌 0

左派は、人間にはいろんな人がいて、休憩も必要ならときおりふざけたくなるのが人間、という人間観を持ったほうがよい。人間は弱い、という視点が重要。ところが左派はマジメだから「完全無欠な人間になるために人は努力すべき」という、ありえない偶像を崇拝しているところがあるから、呼吸というものを理解できない人がどうも多いらしい。

12.02.2026 09:26 👍 3 🔁 0 💬 1 📌 0

改革をするにしても、「ちょっと一息」「ちょっとお楽しみ」みたいな、呼吸を心得たほうがいい。一息入れたらまた一気に踏ん張れたりするのが人間。お楽しみがあるからまじめに働く気にもなれる。そうした人間が大半だと思ったほうがよい。ところが左派はマジメな人が多いからか、コツコツと一本調子で頑張り続けられる人が多いからか、呼吸が分かっていないことが多い。このため、多くの国民が息切れし、ついていけなくなる。そこで呼吸を心得た右派が「こっちのほうが面白いよ!」と訴えれば、つい乗ってしまう。

12.02.2026 09:26 👍 2 🔁 0 💬 1 📌 0

ところが左派はマジメだからか、「今は我慢!」と言っているのを、ずーっと続ける。休憩を入れる、ということができないくそマジメさ。人間は疲れもすれば、休憩も必要で、ときおり気晴らしも必要な生き物。人間は、そうした弱い生き物。なのに左派はそうした「呼吸」を心得ず、まるで人間を超合金のロボットであるかのように頑丈であるととらえ、ひたすら鞭打つ。そりゃイヤになって当然。

12.02.2026 09:26 👍 2 🔁 0 💬 1 📌 0

④呼吸がない。
人間は、息を吸っていてばかりはできない。逆に、息を吐いてばかりではいられない。息を吸ったら吐く、吐いたら息を吸う、の繰り返し。ところが左派はいつも一本調子。
右派は調子よいところがあって、「がめつい超お金持ち」が搾取し過ぎで社会に不満がたまっているな、と思ったら、ちょっと気前のよいところを見せ、将来に期待を持たせ、人気が回復するのを待つ。人気が回復し、政敵たちが弱ったのを見計らってからまた搾取しにかかる。それによってまた反発が強まったら、搾取を緩める。この繰り返し。つまり、呼吸を心得ているのが右派には多い。

12.02.2026 09:25 👍 2 🔁 0 💬 1 📌 0

それでも左派は本来、こうした人たちの困窮を何とか食い止めようと必死に活動していれば、そして少しでもその状況を改善するのに力あれば、大いなる味方を得ることになるのに、左派はイマイチここへの手当てが不十分。原因として、お金がないから。がめつい超お金持ちが左派の給料も下げて自分たちの懐に入るような社会にしてしまうから、左派も「生活するので精いっぱいの貧困層」を助けるのに十分な力を発揮しえない。つまり、お金がない。

12.02.2026 09:25 👍 2 🔁 0 💬 1 📌 0

豊かな時代だと、この第4層もそこまで生活がきつくなかったので、言論活動や政治活動に参加するゆとりもあり、左派が強かった原動力にもなっていたと思う。しかし「失われた30年」の間に第4層は貧困化がひどく進行し、「生活するので精いっぱいの貧困層」になってしまった。政治勢力になることが困難になっている。

12.02.2026 09:25 👍 2 🔁 0 💬 1 📌 0

こうして超お金持ちは「鬱屈した庶民」を味方につけて左派を攻撃し、弱体化させる、というのが、「ショック・ドクトリン」の分析。これ、日本でもすでに起きているように思う。
左派の味方は「生活するので精いっぱいの貧困層」となるわけだけれど、この層はその日その日を生きるのに精いっぱいで、政治活動したり言論活動したりする余裕がない。このため、左派はこうした人たちを味方につけても、言論の力にするのが難しい、ということになりやすい。

12.02.2026 09:25 👍 2 🔁 0 💬 1 📌 0

「ショック・ドクトリン」によると、
超お金持ち・左派・鬱屈した庶民・生活するので精いっぱいの貧困層
の4層があり、新自由主義な超お金持ちは「鬱屈した庶民」の気持ちをうまく刺激して、一つ上の左派を攻撃するように仕向けるのだという。「鬱屈した庶民」にとっては、超お金持ちは身近におらずイメージしにくいけれど、専門技術を持っている、少し立場が上の左派はイメージしやすくて、まんまとそうした言論に乗ってしまい、「左派ってだからダメだよね」と一緒になって攻撃してしまいがち。

12.02.2026 09:25 👍 4 🔁 1 💬 1 📌 0

左派の言論といえば有名なところで朝日新聞、毎日新聞、東京新聞、赤旗くらいだけど、まさにこれらは新自由主義の連中が叩きまくっているマスメディア。しかも上手に面白くおちょくるから、きれいに料理されてしまっている。

12.02.2026 09:24 👍 3 🔁 1 💬 1 📌 0