あけましておめでとうございます!
あけましておめでとうございます!
「【東方】セイクリッドフォレストをアレンジしてみた【Domino】」を投稿しました。
ギリギリ2025年に間に合いました!
この曲は東方錦上京で一番好きな曲です。
独特なリズム、寂寞ながらもどこか勇ましさを感じさせるメロディ、弦楽器が奏でるハーモニーが最高ですね。
また、映像は聖域の不思議な森を表現しています。
皆さん今年一年ありがとうございました。どうぞ良いお年をお迎えください!
ようつべ
youtube.com/watch?v=xoOxfG…
ニコニ��
https://www.nicovideo.jp/watch/sm4578686585
欲が枯渇したので、頑張って欲望を生成しているのは秘密
「【東方】プレステ・ジョアンの黄金境をアレンジしてみた【Domino】」を投稿しました。
ギリギリセーフ!(東方ニコレクション)
冒険のワクワク感と、神聖なものを見つけた時の崇高な感情を表現しました。
ようつべ
youtube.com/watch?v=xvJ9...
ニコニコ
www.nicovideo.jp/watch/sm4509...
Twitterまた落ちてるのか
アナログ絵ってCtrl+zがないせいで、線が多少ゆがんでも盛大に塗り間違えても「Ctrl+zないし、もうこのままでいいか……」となって、ある意味お絵かきのハードルが下がるんだよな
これは人によると思うけど、自分はデジタルだったら100点の線が引けるまで永遠にCtrl+z押し続けちゃって一向に進まない
せっかくレスバしてたのにTwitter落ちて草
「【東方】愛おしき塵の住処をアレンジしてみた【Domino】」を投稿しました。
この曲は特徴的なリズムと儚いメロディが良いですね。映像は、退廃的な世界の中に芽生えた愛おしさを、我々にとっての俗世で表現してみました。
ようつべ
youtube.com/watch?v=R7yp...
ニコニコ
www.nicovideo.jp/watch/sm4499...
Twitterの情報量が多くて頭が疲れてきたので避難
記事書きましたー。明日はよろしくお願いします!
例大祭情報です touhou-project.news/news/14144/ #東方よもやまニュース
4/28更新「東方智霊奇伝」(原作ZUN先生 @shanghai-alice.com 漫画秋巻ゆう先生)、ついに霊夢と瑞霊の戦いに幕が下ります。詳しい言葉は要りません、見届けていただければ幸いです。
touhougarakuta.com
※カドコミ・ニコニコの更新は5/9になります。本日中に別途当アカウントでも全文ご紹介します。
ケーキ🍰
昼ビール飲んでからの春の陽気がエモい。
これを犠牲にして引き篭もって開発してきたと思うと、引退後は呑んで徘徊する人になりたい。
最高だよ、ZUN
例大祭新作の情報です!
東方Project第20弾 「東方錦上京 〜 Fossilized Wonders.」 touhou-project.news/news/13976/ #東方よもやまニュース
曲を作りました。最近は楽しく作れています。
‘伏魔殿東京 ~ Betrayal's Capital’ by りょーや is on #SoundCloud on.soundcloud.com/H8G28C2gdd8d...
静岡例大祭、ZUNのアフタートークがあると踏んでいるが、そのために行くかどうか
今年も曲を作りました。
‘流転する感情の幻想曲’ by りょーや is on #SoundCloud
soundcloud.com/xu7r4uzscmpo...
恵方巻たべる
撒いてきた!
ZUNの豆
これから鶴岡八幡宮で豆を撒いてくるぜー。
鶴岡八幡宮の豆まき整理券、まもなく
【お知らせ】今月の2軒目ラジオは1/30(木)配信予定となりました。たぶん誰かゲストが来ます。むしろ来ないことがほぼないです。よろしくお願いいたします。
www.youtube.com/live/XNWt-sK...
スクナヒコナのワイン。高見澤さんのイラストが可愛いです。
量もスクナい。
池と沼の違いって区別がはっきりしてないみたいだけど、個人の感覚からすると(今の基準はともかく)飲めるか飲めないかって感じだな
沼の水って言われたら飲みたくない気がする
AIとベーシックインカムを絡めた言説はTwitter上で観測する限り2016年1月頃からあるけど、2017年の1月に自分のツイートがあって驚いた
コロナと生成AI前に着目できていたことは嬉しい
残念ながら今はAI×BIに対して少し冷めていて、どちらかというと自給ミニマリズムな未来を志向中(獣王園的な野生感)
AIにより生産手段が”自然化”すると、生産活動そのものが嗜好的な贅沢になる。
多くの人にとって土器作りが「アクティビティ」であるように、今やっているような仕事を体験として楽しむ時代になる。
木になるリンゴを採って生活するように、AIの仕事をただ享受する、通貨すら消滅した未来を想像する。
また、意識幻想説をとる場合、AIへの人格移植等が可能になりうるが、それは直感に反する。
外形的には全く同じ人間が生み出されたとしても、内面的には別の存在であると認識するだろうと想像する。
逆に意識物質説の場合は、脳移植などで意識の根源たる物質を捕まえて他の存在に移植すれば、乗り移ることが可能なのかという疑問が生じる。
無論、記憶細胞とは別の物質であるだろうから、以前の記憶がないし移植されたことには気づくことはないだろうが。(記憶細胞ごと移植したら意識というよりは脳そのものが移植されたと認識するだろう)
幻想説をとると、他の人間が何故"自分"ではないのかの説明が薄い気がするんだよな。意識を持たないとする脳細胞に感覚器が情報を伝えるのも無人の映画館のようで不可解。
物質説だと自分が自分でしかないのは、自分の意識が自分の肉体に空間的に内在しているからだという説明がつくし、感覚器が脳に情報を伝えるのも、脳の中に意識の根拠となる物質が存在しているからだという説明がつく。
法人である会社が解散したところで構成員の人生が終わらないのと同様に、人間という生物的機構が瓦解したとしてもそれを構成する細胞の全てが直ちに死ぬわけではない。
その一細胞に意識がないのだとすると、人間の意識とは集合体が生み出す概念的な幻想となるが、それは私がここに実在するという直観に反する。
ここで意識には何らかの物質的根拠があるとする立場をとってみる。
ただ、個々の細胞自体も集合体であるという問題に直面する。
これを繰り返すと物質の最小単位が意識なのではないかという考えに行き着いた。
そのため、この考えは人間意識が概念的で、人間の生物的機構が映し出す幻想であるという考えと対立する。