ガンプラ史の話をしています。
ガンプラ史の話をしています。
俺は獅子座で、弟は射手座。親父は牡牛座。もちろん買ったよ。平和でした。
かに座と聞いただけでピクっとしたり、なんらかの感情が生じる人がいるくらいには、ハチャメチャに流行った(共通言語になってた)んだよねぇ。
蟹座
聖闘士星矢の玩具がどれくらい人気だったかを抜きにして、アムロがガンダムを着る玩具の話はできないじゃん。そんでそれはパトレイバーのメカフレームにガワを着せるロボ玩具になって、しかし名前に「クロス」が残る。もうジャンルになった訳だ。
AOIちゃん愛おしいネ。
横で売れている商材があったら、節操なくフォーマットごと真似する。便乗商売し、可能ならその地位を乗っ取ることを目指す。ずっと変わらない基本戦術。
だから、そのころ隣(他社/他事業部)で何が起きていたか?を眺めるのがとても重要。
同じ話を何度でもしていいんだな、とわかったので、同じ話を何度もするぞ。
パトレイバー(88年〜89年)あたりまでは、ガンダムとそれ以外を切り離さずに、フワッとまとめて「バンダイロボット商材群」「サンライズ系ロボットアニメシリーズ」と括ってしまった方が見えるものが多いと思う。エルガイムのガンプラ、パトレイバーのガンプラ、のような言い方が実情に合う。実際結局、今そうなった訳だし。
今ほど細分化&専門化してないからさ。ファミコンが出たからガンプラから乗り換えて一気に廃れた、というのは少し違う。
それらは全部玩具屋さんの中にあって、少ない小遣い握りしめて店内を一周、プラモも変形ロボもTVゲームもボードゲームもラジコンもエアガンも、全部が欲しい選択肢。
もしくは。発火モデルガンが主役だった模型ガン業界が85年に完全に逆転する。85年、ガス充填式で弾を飛ばすエアガン(ガスガン)が誕生し大ヒットとなり、同時にマルイは1000円台で買える安価なエアガンを出す。翌86年にはエアガンの業界団体が設立しパワーの自主規制を行い、より安全に子どもも遊べるものになる。老舗のモデルガン会社が倒産する。
すぐ隣にそういう大ヒットがあるから「BB戦士」というおこぼれ狙いのギミック&ネーミングで便乗商売をしたわけで。
ビックリマンシールが今のビックリマン(天使と悪魔)になったのが85年。2頭身のキャラクターをギャグじゃないカッコ良さとして受容。これが社会現象レベルのブームになって、その横でファミコン(ドット絵キャラは簡略化正方形)とドラクエのブームが並走して、88年のワタルに繋がる。ワタルはヒットしたとは言いがたいガラットのリベンジでもある。
SDガンダムはさ…後付けでガンダム史とガンプラ史だけ眺めてても、なんもわからんよ…いつも同じ話するけど…
多分どっちか(もしかしたら両方とも)過去に読んでる気がするのだけど、読んだかどうかも覚えてないなら、また読めばいいのだ。
こういう時、本棚があるといいよね…引越しで御破算したよ…
フォロワーさんが流してくれた本は、サッと買ってスッと読む。とりあえずはイイネしとこうだけだと、永遠にその日は来ないので…
ついでにいうと、そういう人たちは「世界観」もハチャメチャな意味合いで使いますね。そもそも本邦、80年代以降のゲームアニメ界隈から普及した『世界観』も間違った意味合いでしたが(雰囲気と世界設定くらいの意)、まーけたーさんたちの使う「世界観」はなんというか…
会話の中で「いんふるえんさー」や「けーぴーあい」が100%出現する界隈の人たちね。オジサンにもわかる言葉で営業してくれると、受注確率上がると思うよ…
第一義である文章内読解における文脈、今書いたような背景を含むコンテクスト的な文脈、だいたいどっちかで使ってたんだけど、最近の若い広告屋さん(ネット系)の人は、そのどちらでもない「文脈」って用語を連発するんですよね。あれ震源はどこなんだろう…
唐突にウルトラマンと仮面ライダーの話をしだしても、それを唐突だと感じずに、あぁ…公開されたアレ観たのね…と微笑んで聞いてくれるようなのが、コンテキスト(文脈、脈絡)を共有している状態かなと思っていて。
絶望や諦念っつうよりも、こうなってしまったもんは仕方がないっていう開き直りみたいな感じでやっていますが、思うところは多い。
ホワイトカラーとされていた労働ジャンルは、かなりアカンすよ。この4年くらい、極力半歩先、少なくと先端に居合わせようとしてますが、どうすっぺかなーと思うことばっかり。
希望的観測のもとでいえば、まだ当面は、俺の代わりにプラモにヤスリかけて楽しんでおいて、ベース弾いて指先とボディの振動を感じておいて、コーヒー飲んどいて、芋食って屁こいといて、とはならない。はず。ならないといいな。
意識的にそこにリソースを割いている。
ただ「俺の代わりにこのプラモを組んだことにして、写真?をSNSにアップして、いいねを集めておいて」は容易に依頼しうるし、置き換えられていく。そんなことになんの意味が…とも思うけれど、いまの世の中を眺める限り、意味があり需要もあるだろう。
ゲーム遊びの自動化、レベル上げやアイテム厳選を「代わりにやっといて」となるのは必然で、ゲームの在り方自体もまた変わっていくのだろうけど。プラモ遊びの自動化、「これ代わりに組んでおいて」はまだ少し遠いと思うし、実はプリミティブなシーラカンスゆえに強い。
AIが生成したものをAIが消費(?)する。AIが呟いてAIがレスポンスする。そうなっていく。実際既に、AIがアポ入れ営業しまくって、受け取ったほうはAIで自動お断り返信や自動フィルタリング削除をしまくる、という形で現実になっている。あまりに不毛、電力の無駄。
自分の代わりに自動で呟いてくれるアバター機能よりも、自分の呟きにイイネやリプライを返してくれるAI(かどうかはっきりしない)フォロワー機能の方が需要が高くなる。
書く人がAIを使ってテキストや小説を量産する時代になるってことは、読む人もAIを使って「このテキスト要約して3行で」「この小説は俺が読むに値する面白い本か判断して」というように消費する時代になるってことなんだけどな…。わかってんのかな…
雰囲気嫌いな街だった池袋に、わざわざ行くこと増えたもんな…。池袋までいかなくて済むようになるといいんだけど…来週末の再オープン、はてさて。
上野のバイク屋街に比べれば残っている方だ、まだまだ死んでない、と考えてしまうあたりで、だいぶしんどい。
お茶の水には、大学があるね。綺麗で大きな病院が出来て、それにぶら下がる調剤薬局がたくさん並ぶ街。飲食店はラーメン屋が目立つかな。あと、なんかギター売ってる店が数店ある気がする。そういう街。