北海道新聞をさかのぼって見ていたら3月1日の読書欄でトマス・リゴッティ『悪夢工場』が取り上げられていた。
私は最初の「戯れ」を読んでいた。
ここに出てくる町の名前はなんとなくノーゲートと思っていたが、よく見るとノルゲートだった。
とりあえず、もう一つ読んでみようと思った。
北海道新聞をさかのぼって見ていたら3月1日の読書欄でトマス・リゴッティ『悪夢工場』が取り上げられていた。
私は最初の「戯れ」を読んでいた。
ここに出てくる町の名前はなんとなくノーゲートと思っていたが、よく見るとノルゲートだった。
とりあえず、もう一つ読んでみようと思った。
コリンズ『月長石』(中村能三訳、1970)のはじめにデフォーの『ロビンソン・クルーソー』からの引用がある(17ページ)。
The Moonstone(1868)のPenguin Classics版(1998)でその部分を確かめた。
Robinson Crusoe(1719)のPenguin Classics版(1985)であれば139ページにその部分があることが分かった。
他の翻訳もと思って、増田義郎訳『完訳ロビンソン・クルーソー』(
2007)を見ると、128ページにその部分があった。
Robinson Crusoeは最初の数行しか読んでいなかったので、ここにきて役に立った。
昨日の「英語で短篇小説を読む」はWilliam TrevorのRose Weptであった。
結末がどうなるのか最後まで予想できなかった。
「かつては二つに分かれていた一室」という表現が二度出てきて、訝しく思っていたが、事情があった。
一方で場面がころころ変わり、もう一方でRoseの母親が話題をころころ変えていた。
夕方ハガキをポストに入れに行ってきた。
長い長靴の上端まで雪が積もっている。
大変な大雪である。
昨日の「ナボコフ入門」はThe Real Life of Sebastian Knight(1941)の第9章後半であった。
そこに"...Perhaps you've stopped loving me. Is it that?"とある。
今日、Ray Charles のI Can't Stop Loving You(1962)を聞いた。
実に久しぶりであった。当時はよく耳に入ってくる曲であった。
練り切りの
エビが最後の
三が日
今日の「英語で短篇小説を読む」はAmbrose BierceのAn Occurrence at Owl Creek Bridgeであった。
アンブローズ・ビアス「月明かりの道」(澤西祐典訳、澤西祐典・柴田元幸編訳『芥川龍之介選 英米怪異・幻想譚』所収)があることが分かって、それを読んだ。
二つはI、II、IIIとする構成が同じであった。
意外なことに、二つには共通するテーマがあるように見えた。
昨日の「英語で短篇小説を読む」
Paul Theroux
A Little Flame
今日、雨は降ったが雪にはならなかった。
そこに付せられたHugh G. DickによるIntroduction(1949)を読むとTheobaldのthe Works of Shakespeare(全7巻)は1733年刊と印刷されているものの実際に出たのは1734年になってから、とある。
Jorge Luis BorgesのShakespeare’s Memory(1980)にTheobaldのcritical editionが1734年とあるのはそれを受けてのことかもしれない。
10月19日の「英語で短篇小説を読む」で若島先生からお話があったTheobaldのPreface to the Works of Shakespeare(1734)はグーテンベルクで読むことができる。(https://www.gutenberg.org/cache/epub/16346/pg16346-images.html)
Even though Alexander Pope's The Dunciad eventually focused on Colley Cibber, his true critique was Lewis Theobald, who harshly critiqued Pope's Shakespeare edition.
Theobald's retribution was harsh, as witnessed in his 1733 publication of Shakespeare's works.
#booksky
#❤️ 📚
#Shakespeare
Italo Calvino (with Jorge Luis Borges) - BOTD
💙📚 #LiteratureSky
The Basement Roomの翻訳「地下室」(グレアム・グリーン『二十一の短篇』所収、ハヤカワepi文庫)を読んだ。
昨日の「ナボコフ入門」はThe Real Life of Sebastian Knightの第8章の後半についてであり、そこではhousemaidsが取り上げられていて
The Basement Roomが紹介されたのである。
「地下室」の一つ前に「無垢なるもの」(The Innocent)がある。
The Real Life of Sebastian Knightの第8章の最後の段落の最後はwith her innocent blind fingers....であった。
9月15日の朝日新聞にフォルティウスはラテン語とあった。
「より強く」を意味するとのことである。
左右に扉がないようだから人を乗せる馬車ではないと思われる。
現金輸送馬車なのだろうか。
馬車が入っている日本の切手
明日8月7日は立秋である。
シュウメイギクの蕾がふくらんできている。
谷崎潤一郎は岡山県勝山町(現・真庭市)に疎開していたとある(原武史「歴史のダイヤグラム」朝日新聞、Be版、2025年7月26日)。
真庭市のお菓子屋の舟形羊羹「高瀬舟」を最近貰って食べたばかりである。
新聞で真庭市の字を目にしてこの羊羹をいれた箱の包装紙の図柄が最初に思い出されたのだが、この羊羹を食べていなければ谷崎潤一郎の疎開先がここで頭に定着することになることもなかったであろう。
ゆり
ラベンダー
小学五年生の時の国語の授業で、「まがりなり」の意味を問われて「間借りをしていたけれども」と答える間違いをした。
英語の小説を勉強してこういう間違いをするので、いつまでも変わらないことがあると思った。
昨日の「英語で短篇小説を読む」はペレックの「冬の旅」であった。
ペレックは制約をおいて作品を書く集団に加わったとのことである。
それで思い出した。
ある時「たぬきの歌」を歌いますと言って「チューリップの歌」を校長先生が歌い始めた。
「た」と「だ」が抜けていた。
スズラン
クロフネツツジ
『芥川龍之介選 英米怪異・幻想譚』(岩波文庫、
2025)所収のドロシー・イーストン「刈取り機」(柴田元幸訳)を読んだ。
エンジンで走行するこの刈取り機reaperには結束機binderもついている。
縛られた麦の束sheafがこの刈取り機から放り出される。
直線ではこの束は邪魔にならないが、角を曲がるときは刈取り機を外側にふくらませて走行するので、一周前に放り出された束が邪魔になる。
角ではこの束を三つまとめて外側に置く作業が必要となる。
The Best British Short Stories of 1922に載った作品である。
第一次世界大戦は1918年に終わっている。
水仙
水仙
インタビュアー「どんな収穫がありましたか?」
熊谷紗希選手「勇敢に戦えたことです」」
この受け答えを聞いて最近知ったばかりの「善意解釈の原則(principle of charity)」を思い出した。
日本チームが米国チームに勝って「2025シービリーブズカップ」で優勝したのだからこれが最大の収穫と思ったが、それは勝った瞬間に既知の情報となっていた。
求められているのは新しい情報であった。
ざらめのような雪が降っていた。
軽い。