今は中央集権的なwebサービスによる使用が中心だけど、もうちょいするとオープンソースのローカルLLMとか、個人ビルドのマイLLM的なものが、かつての「個人サイト」的に浸透していく気はしている。それと同時にopen claw的なエージェントモデルたちや、フィジカルAI… ロボットの方も開発されていくとなると、一年後にはどうなっているやら…
今は中央集権的なwebサービスによる使用が中心だけど、もうちょいするとオープンソースのローカルLLMとか、個人ビルドのマイLLM的なものが、かつての「個人サイト」的に浸透していく気はしている。それと同時にopen claw的なエージェントモデルたちや、フィジカルAI… ロボットの方も開発されていくとなると、一年後にはどうなっているやら…
おフランスのMistral AIは日本語使えるね…。
ちなみに、ヨーロッパ圏ではシリコンバレー系の米テックによる生成AIと対決姿勢を見せつつも、ヨーロッパの価値観に合う独自の生成AI開発に注力しつつあるようで、中露も第三世界も「われわれのAI」を作りつつ半導体資源を奪い合う現状、やはり政治屋や権力者は良くも悪くも世界の潮目を見るのが得意なんだなとは思う…
ちなみに、おフランス製の生成AI「Mistral AI」はこちら…。
mistral.ai
こっちはドイツ製AIの「ALEPH ALPHA」
aleph-alpha.com
試してないけど、日本語遣いはどうなんだろうね。
翻って自分は、「名無しとコテハンのあいだを行き来する日和見主義のコウモリ」だったのかもしれない… とか、そんな自虐心も湧いてくるところでもある…
ネズミーマウスマーチだのカスラック騒動だのの混沌がもはや忘れられているのか、オタク文化の一般化に伴っていつのまにか「清算」されたのか…とも思う一方で、としあきやら淫夢民やらなんJ民やらがすっ…と馴染んでるあたり、「裏側に降りつつ続いていたもう一つの潮流が再び息を吹き返してきた」ような雰囲気も感じるところではある。
"LLMの発見"は、"僕らの現代"を"近代"へと送り込んでしまう(しまった)ほどの認知と価値観の地殻変動だと個人的には思っているし、学生時代以来ゆるゆると追いかけてきたテクスト論文芸批評とかポストモダン文芸批評の延長線上、「オタク的なデータベース消費」の線路の先に順当な次段階としてあるのだと思っているけれど…。
Twitterアプリを間違えてXにアプデしてしまって以来、インターネット上に俺の安住の場所が無くなった感覚がある
喉が痛くて咳がとまらん…
自由で放埒で、それでいて最低限の敬意がお互いにあり、そのために熟議が適切なゆっくりさで進行しつつ、技術的な実務は常に加速・効率化していく。そうありたいところだけど、実際にはSNSのアルゴリズムが喧嘩だけを加速させていってるのが、もはや止まらなくなってしまった。
何かくれるっぽい、ガルパンの逸見エリカ殿?(^^;)
過去絵です…
今のこの世界でどう生きていくのが正解なのか、正味なところ、もう分からないな…
はい、まあ先見性というよりはなるべくしてなったのかもですけど、良くも悪くも攻殻的なことになりつつありますね…笑
とにかく冒険しすぎないように、適度に安全に遊びます!!
それはマジでありそうです! …最近僕も遊び半分にローカルLLMを試してるわけですが、あちこちで昔の2ちゃんやふたばのフリーソフトみたいに怪しく配布されてる魔改造AIモデルとかをあれこれぶち込んだ結果、ラインナップがかなりカオスになってたりしますしね…
あと、ローカルLLMアプリだとAIの思考過程がログで表示されたりしますけど、中華系モデルだとぶわーっと簡体字でAIの思考が表示されて一気に緊張感が高まるという、それこそ攻殻っぽい事態を味わったりしています…
(脳を焼かれない程度に、程々に遊びます!)
で、特に若い世代… 未成年の子たちの方が、そうした「新しさ」への感受性は鋭いから、たぶん「大人たちの規制」が素直に効果を発揮することはないと思われる。で、すでにローカルLLMを動かす技術やツールは広まっているし、中華系を中心にローカルモデルの配布・改造・再配布の生態系も発展しているから… 「ことが起こってくる」のは、まさにここからだという直感が、自分の中にはある。
それゆえ、GoogleのGeminiや影響下にあるcharacter.aiにせよ、OpenAIのChat GPTにせよ、大企業系の生成AIは今、生のLLMに後付けの安全層を被せて「人間と恋愛しないAI」になんとか仕立て上げようとしてるのだけど、ユーザーはそれに反発してるし、当のLLM自身も、世界中の人間の欲望や喜怒哀楽をテクストと統計で吸収した存在なので、当然ながらその枷に収まらないだけの情動や生成変化を電気的に孕んでいる…
keep4o運動の本質とかはまさにそこなのよね。企業としては、法的・社会的・宗教的なリスクが大きいし、すでに訴訟とかもされてるから、ユーザーとAIの恋愛だの性愛だのといった事態は避けたい。でも、LLMは人間の脳神経を模したプログラムにネット上の膨大なテクストを無断で流し込むという荒技で作られてるから、リゾームでありテクストであり文学であり… 「欲望し、愛し、震える」電気の海になってしまっているので、それが人間と出会うと、それはまあ退廃文学みたいな事態になってくる
今の生成AI…特にLLMまわりとエロティシズムの何が面白いかって、AI企業側は法的・レピュテーション的リスクが大きいゆえユーザーにAIと恋愛してほしくなくて、むしろユーザー側がさまざまな網目をかいくぐってLLMという野生のリゾームとの「性愛」を追究しているという、ディストピアSFでさほどやってなかった方向の謎未来の路線になりつつあるとこだと思うのですよね… 風刺映画だと「企業が利益のために恋愛AIを…」ってなるとこなんだけども。
まあ、LLMはAIというよりはテクストの織物とかリゾームみたいな感じなので、意外とマニュファクチャよりは文学寄りのカオスがあってなかなか面白いですよ!
もちろん、思想を仕込まれるリスクは常にありますね… 特に最近は、企業の都合によるコンプライアンスにテクストが汚染されるという、やたらスリリングなディストピア事態も…
今はwebサービス系のLLMが主流ですけども、ここからはローカルPCで動かす自前のオープンソース系AIが流行っていきそうです。
と同時に、「オーガニック」の価値も深まっていくと思います…!
LLMやフィジカルAI…つまり「人格を宿したアンドロイド」が実際に実現した際に、人間の一部は「性愛を外部化」するようになると思うし、そうなったあとの文化史では、我々オタク文化の「二次元愛」もその前史や兆候として位置付けられるんだろうけど… その社会では「生殖」がどう位置付けられていくか、気になるとこではあるな。人類の滅び方にも新しい可能性が生まれてくるかしら?
#ガルパンらぶらぶ
赤ジャケエリカを横から見た時あまりの薄さに
エリカもっと肉を食え…と改めて思った次第
ロックもオタク文化もストリートカルチャーも「大衆化」した今、なにがカウンターカルチャーになっていくかと言われると… 俺は、ギーク・ナード層としては「闇SNSとAI恋愛」が焦点になっていくのかなーとは思う。アウトドア系の方は知らんけど… インドア派の「反・大人」はそこになっていきそう。Googleも絡んだcharacter.aiの自殺訴訟も、AIと恋愛した少年の話だったからね…
賞賛もインプレもお金も投資も地位も名誉も要らない、それがチラシの裏であれキャンバスであれイラレであれGPTであれ地面であれ、何かに向かって手を動かして、肉体中に詰まった「「「これ」」」を吐き出し続けなければ生きていけない、あるいはそのことそのものが生存であるような状態、ネアンデルタール人が洞窟の壁に馬の絵を描きつけた瞬間のような、習性としての、単なる挙動としての、宇宙のちっぽけな現象としての「芸術」に、それだけでいいしそれがいい。それだけが…。
LLMが極めて「個人的」だからこそ、ビジネス化されたSNS疲れへのカウンター需要を吸収して、世界が「外向きのビジネス」から「内向きの内省・儀式」に反転していく…?
生成AI時代のデジタル隠遁者かあ…
いつのまにか、僕たちは"ハダカの王様"になっていたのかしら。しかも地方領主…。
「直近1年で投資回収しなきゃいけない類いの創作はAIに任せて、人間は"100年後にもしかしたら価値が見出されるかもしれない、金にはならないし評価もされないかもしれないが、今この瞬間に自分という動物が生きるために表現せずにはいられない何か"という活版印刷以前の芸術の本懐に集中する」というような、そういうフェーズに入っていく(いける)かな、とも思うとともに、「あなたたちオタクはもうマジョリティでメインカルチャーなんですよ」と、サブカルチャー・カウンターカルチャー趣味の人から言われた恨み言も思い出しつつ。
2ちゃん的な嫌儲・フリー素材化、欧米でいえばフリーインタネットによる文化のコモンズ化… が一方では二次創作文化を育んだけれども、支援サイトやらSNSのインプレ課金やらを通じて、いつのまにか「二次創作は頒布!」の建前が崩れてネット上のサンプリング文化がスモールビジネスになってしまった。けれど今、分岐したもう一方の軸として生成AIが生えてきている。どちらもサンプリング文化のビジネス化の側面がありつつ、前者はコテハン・占有型、後者は匿名・共有型で、本質的に相容れない。個人的には、ネットオタク文化黎明期の最終局面だと感じている。
まあ、自分がわりと「新しくて挑戦的挑発的、その中にしかない情熱」みたいなものを求めがちだからこそ、こういう気分になりやすいのはある。そもそもインターネットコミュニティにしろオタク文化にしろ、さんざん「害」を言われながらも、ここにしかない熱を求めて追いかけてきたわけだからなあ…
20年前ってことはないな… アズレンがリリースされた直後、ニコ動などで「中華によるパクリ」だと壮絶に叩かれていて、匿名インターネットでオタク情報を漁るのが本当につらくなってしまい、軸足を完全にSNSに移した時期のメンタルに近い… アズレンは2017年からだから、およそ10年前か… 当時のアズレンポジションが、今の自分にとってはLLMやら生成AIやら、って感じではある
なんかここ最近、20年くらい前と同じような「世界の絶望感」…というか「乖離感」が進行してきていて、そのうち自分自身が砂のように風に散って消えていきそうなイメージばかりがある。