「ウィキッド 永遠の約束」グラシネIMAX、予約の瞬殺っぷりすごい
「ウィキッド 永遠の約束」グラシネIMAX、予約の瞬殺っぷりすごい
好きな作品は多々ありますが、やはり年若い頃に出会って衝撃を受けたものを中心に。「まだらの少女」は楳図氏が週刊少女フレンドに連載していた一連の恐怖マンガを代表して。「きりひと讃歌」は突き指で通っていた整骨院に置いてあったのを、治った後も通って最後まで読ませてもらった思い出。
投票行ってきた。期日前、実は初めてなのだけど、すごい行列だった。いつもこんななの? 選挙区は2択だったので非自民に、比例はいつもどおり共産へ。
これ(引用元)さ、支払いシステムでも同じことがいえるよな。現金ですか、〇〇ペイですか、クレジットカードですか? △△ポイントはお付けしますか? とやって、しかもスマホからアイコンを探して読み取らせるのもスムーズに行くとは限らず、結局会計にかかる時間が現金一本の頃より3倍くらいになってる。お店の人も大変。
高市早苗には「男社会でのし上がるために色々なものを犠牲にした女」としての嫌な部分と「ポピュリスト極右」としての嫌な部分に加えて、「単純に行政府の長として無能である可能性が高い」という嫌な部分もあるので、適宜腑分けして語らなくてはならない
「ルールを守らない」高齢者、「ルールを守らない」生活保護受給者、「ルールを守らない」障害者。口にするだけで無徴な話者の被害者性を創作する、便利な暴力の言語だ。
羅小黒戦記みてきた。吹替と字幕のダブルヘッダーでした。最高だった。疲れた。
どうぞお大事になさってください。救急車呼べてよかったです。ご快癒をお祈りいたします。
作中作?「雪女」役で是非。(やたら身体能力の高い雪女)
参政党がミニトランプという評価は何も間違ってないが、そもそもの話をすると、日本発祥の2ch(現5ch)的なカルチャーにおける最悪の汚泥が海外に輸出されてQアノンやMAGAにメガ進化して、そこを起点にトランプが躍進した面はあり、参政党みたいな現代の日本のネット極右はその元からあった汚泥をホームに繁殖しただけと言えるので、どっちかというとトランプとMAGAがクソデカ参政党なのではないだろうか(世界一自慢にならない「うちが元祖」論だ…)
びっくり。すごい人教えてくれてありがとう。ハーモニカもうまいですよね。正直この曲だけなら、すごい頑張って似せてる人なのかな、と思えなくもないですが、後の二曲がまた違ったテイストで、確かに強く影響は受けてるんだけど、全部血肉になって別次元に到達してる感。
昔、鳥居みゆきのコントライブ後、お客さんとマジックハンド越し握手、というのをやったことがあり、キャラ的にもなるほどな、と思いました
キャビン(the cabin in the woods)
ラストの爽快感といったら!
流石に本人でも年取ってからは「みやこに〜」以降がきつくてキー下げて歌うこともあります
これはもう結成当初から何度も指摘されているけど、参政党の中核メンバーはインチキ医療・健康食品・催眠商法・デート商法・ネズミ講・霊感商法といった悪徳商法が法整備と警察の取り締まり強化の結果食えなくなって政治に活路を見出した連中だからねえ。ふわっとしたキャッチフレーズでものを知らない人になにかを売りつけるプロの集まりだからタチが悪いんだよ
外国人を排斥する時にしかメダカやザリガニに興味もたない人
環境活動家をバカにする時にしかゴッホの絵画に興味もたない人
風力発電を否定したい時にしか渡り鳥に興味もたない人
太陽光発電を批判する時にしかクマに興味もたない人
車椅子ユーザーにケチつける時にしか映画館スタッフや駅員の待遇に興味もたない人
せめてもう少し興味を持続させてほしい
山内雁琳さんによる上告が棄却されました。これで名誉毀損裁判の判決が確定し、220万の支払いが認められたことになります。弁護団の皆様、傍聴に来てくださった方々にお礼申し上げるとともに、他の誹謗中傷被害者の皆様に諦めて我慢する必要はないのだとお伝えしたいです。
note.com/kambara7/n/n...
均一棚/探求本
『戦慄の絆』から!
やってみた。1度目はKurdish、2度目はGermanだった。頑張ってジャパっぽさを隠そうとして過度に子音が強くarticulatedな発音になったからかしら
start.boldvoice.com/accent-guesser
The Future of Orion xkcd.com/3012
参加希望です。よろしくおねがいします。
xと勝手に改造されたついったに全然繋がらないの、イーロンのアホの金ばら撒き宣言があったから? ちなみにアプリは使わずブラウザでみてます。
ということを昨日のNHKスペシャル、シリーズ新太平洋戦争を老母がべそべそ泣きながら観ているのをみて思い出した。子供の頃は言語化できなかったが、全てを情緒に落とし込んでしまう辛気臭さが自分はすごく苦手だったし今も苦手であるのだなあ、と思った。
戦争中の個々の体験を記録することは大事だが、それらの悲惨な過去に接した時、かわいそうだというより、そういう理不尽に人々を追いやったクソ体制クソ社会に猛烈な怒りが湧いてくるのである。
子供の頃、八月になるとTVでも戦争の特集が増え、親や教師が当時のことを話題にするのが嫌だった。決まってそれは食べものがなくひもじかった、空襲警報で防空壕に逃げ込んだ、授業は軍事教練ばかりになった、疎開先の田舎の子が意地悪だった、とかの苦労話で、翻って食に不自由なく安全に暮らせるお前たちは恵まれているのだから感謝しなければならない、と説教モードに帰着するからだった。
子供のわたしは食が細く偏食ぎみで、食べることが快である、という感覚がほとんどなかった。学校生活で一番憂鬱なのが給食の時間であったので、上のような戦争中のおはなしはわたしに対する当てつけのように思えたのである。