今年も十蘭「春雪」を読むか~!となったが、少し働いてる間にもう雨に変わったようで、
今年も十蘭「春雪」を読むか~!となったが、少し働いてる間にもう雨に変わったようで、
五時半の朝活
週末にむけてしこたま筑前煮をこしらえた。キクイモを食べるなら、やはりこれに限る
はじめてケーキなんぞ焼いたもんで改良の余地は色々あるが、ビーツがふんだんに入ってる、その一点でただ美味い
日々を朝型に変えた結果、コーヒーの消費が増えたので、そのぶんのおやつも用意。とりあえずビーツケーキを作ってみた
しかしまあ、キクイモよ、すっかり高くなっちまって。云年前までは味もスーパースードとしての効能も知名度なく、百円で大量に買えたものだが(これに関しては昨今のくそったれな物価高だけではないと思う)
ビーツとキクイモを大量にゲット、これで千円!
てか、社会人はじめて云十年ずっと、うち出る30分前起床を続けてきたってのがもうダメダメよね
7時起床、ダッシュで洗顔朝食のち、7時半にうちを出る生活のなんと無茶なこととは、振り返るにやはり思う
ユリイカのねむい特集に負けじと、年明けから色々と生活の見直しをはじめたが、朝5時過ぎ起床がようやく定着してきた。夜も早いから飲酒量が減り(無くなり)、家計にも健康にもヘルシー。仕事前の朝活とて読書もはかどる
最近の購書、新刊待ったなし。古本もぽちぽち
長いこともてあましていた貰い物の柚子がまだまだある。こんな美味いなら鍋のもとを買わずとも、じゃんじゃん柚子鍋にしてやればよかった
短い春よさようならとて、寒の戻りの前に鍋を作っておく。昆布からのんびり出汁をとった柚子鍋をば
まあ、んなことより、久々に聖蹟桜ヶ丘と多摩川をのんびりサイクリングして、ついでに谷保天で梅の香をかいで、のんびりしたで。野菜も大量に安いのを見つけて、困窮高市鬱も少し晴れた
まあしかし、最近の講談社ぼった文庫とかたったの百円引きだったり、ポケミスも定価と同じ値で並んでいたりするので、セールを前提で買うための古本屋というか、もはや末期の感があるな
ぶこふセールで3000円、ポップはダブリで友人にあげるよう
チョン・イヒョン「三豊百貨店」2006
1995年にソウルで起きた百貨店崩落事故を幸いにも免れた著者が、その10年後に振り返る自伝的な作品。経済成長の猛進とその壊滅を描く、ひとつの時代の鎮魂と読むことは出来るが、俯瞰したような視点への拒絶反応は、著者の体験に関係なく重要だろう。事が起こる度に天罰とまとめてしまう識者の存在は日本とも重なるが、その事件の渦中において多くのひとが生きながらていたという事実に胸をうたれる(崩壊から377時間後に救出されたってマジか!?)。ひとの鎮魂のなかから、遠く韓国の趨勢がほの見えてくる。
ハードボイルドを男のロマンスと切って捨てるひとにとって、チャンドラーは面白くないだろうけど、そうしたひとにとってこそ面白いのが『マルタの鷹』でないかとも思う
『マルタの鷹』は非情、強い、カッコいいとのイメージばかりが先走り過ぎて、そうした鋳型を確認するような感想が多いように感じたので、非情なタフガイの裏側にもちゃんと光をあてておきたいとは思いました
とりあえず、非情という名の軟弱なサム・スペードも哀れなやつよ、、、が一言の感想ですね
もうええ加減ええやろ、と思いながら読み返した『マルタの鷹』がはじめて鮮烈に感じられたので、久々に読書ノートをまとめてみた
note.com/nemuhon/n/nf...
D.ハメット「クッフィニャル島の略奪」1925
結婚式の護衛中に銀行襲撃に巻き込まれたオプの顛末。ハメットのオプものを読むと、いつもドンパチ巻き込まれて(自分から飛びこんで)よく死なんでいるわとの感想は、立ち回りの最中に足をくじいて幸運にも弾を避ける本作でもやはり笑う。ドタバタ犯罪喜劇としての味わいは解決編で裏付けされるが、犯人との対決で仕事が好きだから取引は出来ないと宣う(嘯く?)オプの姿に微苦笑をもって読み終える。面白くもやや奇妙な味わいのある佳品か
"『綺譚集』 (創元推理文庫) 『11 eleven』(河出文庫)に続く、津原泰水珠玉の作品集がついに刊行"
津原泰水 『烏と孔雀』
www.kawade.co.jp/np/isbn/9784...
D.L.セイヤーズ「ピーター・ウィムジイ卿の奇怪な失踪」1933
バスク地方の山奥の寒村で悪魔憑きか謎の痴呆状態に囚われた女性を救う名探偵の奇怪な活躍。そこに悪魔的で壮大な奸計と、それに比してあまりに卑小な動機が合わさって、異様な読後感を残す。しかし、一番恐ろしいのは黒魔術を信望する共同体によって、犯罪があたかも見過ごされている悪夢的な光景であり、この構図は決して現代にとっても無縁でないかもしれない。
今年はアメリカのハードボイルド/ノワール関連をあちこち読みたいな、とて本の発掘に勤しんではみたが、こんなに持って帰れませんやね
正月帰省出来なかったぶん、久々に実家に戻ってきた。まず蔵書整理、明日は墓掃除
云度目かのマル鷹読み返しをしているが、サム・スペードの運命を司るような大事なセリフが序盤にして置かれていたのか
“「あなたはいつも自分が何をやってるかわかってるって思ってる。でも、うまく立ちまわったつもりでも足を取られることってあるものよ。そのことをいつかあなたも知るようになるかもしれない」”
ダシール・ハメット『マルタの鷹』
北山猛邦「一九四一年のモーゼル」2004
戦火のレニングラードにおける館消失を扱ったミステリの秀作。そのエレガントさに感嘆しました。しかし事件の事象が派手であればあるほど、トリックがしょぼいとがっかりさせられるという読者の思いはさておくも、それが白昼夢か勘違いとして歴史に埋もれていくのは余儀ないことなのか。歴史を伝えていくにも語り手-聞き手の良い相互関係が必要となるのではないか。そんなミステリに託された思いにも感ずるところがありました。
“「あれは、お前の言うような神話の自然発生なんかではない。この星の神話が地球の言語で上演されただけだ」”
飛浩隆「夜と泥の」