過去にあったことを継承して伝える、という意味では、2015年9月17日の夜のことも伝えておきましょう。
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Hello world! 私は出版する人、山と本とネットが好きな人。 日本で出版社の三月社 https://sangatsusha.jp/ を運営。 取次は地方・小、直でトランスビュー。 請負にて他社の書籍企画・編集・DTP制作。 ウェブ制作・管理更新も(電気通信事業者)。 好き→シュティフター、ボトムズ、ナウシカ、テグジュペリ、ル=グウィン、レヴィナス、など。 http://yakedake.jp (日本の焼岳のファンサイト) なお、投稿は三月社の公的なお知らせを含みますが、個人的な思いを綴るものです。
過去にあったことを継承して伝える、という意味では、2015年9月17日の夜のことも伝えておきましょう。
その公民館にあった、地元誌から。
「停電ですべての灯が消えた夜空は、いまいましいほど星の輝きが美しかった。遠く壊れた鉄道の踏切の警報音が、漆黒の世界に鳴り響いていた」
(出典:月刊「みやこわが町」2011.4特別号、橋本久夫氏の編集後記)
ボラセンの活動(写真)は個人の義援金頼みなので、食糧が足りずに、たんぽぽの天ぷらとか食べてましたね。一部、公民館をお借りして持参した寝袋で寝泊まりしましたが、そこに掲示されていた、鹿踊りのパネルと、これを作った子どもたちの地域への愛しい気持ちが表れていると思いました(写真)。
2011年5月。多数のボランティア団体が東北沿岸に入り支援活動を継続していたけれど、まだまだ人手が足りていない地域があり、そこで活動している小規模なVに参加した。場所は岩手県岩泉。弟に車を出してもらいパートナーと向かった。現地で手続して(写真)、水を運んだり、ゴミだらけの浜辺の掃除をしたりした(写真)。
2011年4月。いわき市勿来に向かい、初ボラ。いわき市は3.11の地震や津波で被害を受け、3.12で原発事故の被害にも遭い、さらに4月11日17時に起こった、誘発地震と思われる直下型地震(M7.1、震度6)でさらに被害を受けるという、三重の被害を受けていた。ボラセンで班分けして、自分は直下型地震で損壊した家周辺の片付け作業に向かった(写真)。
参考:
www.gont.net/blog/?p=2078
2011年3月。3.11の後に3.12があり、収束できずメルトダウンして水蒸気爆発すれば埼玉も危ないのでは、とか、当時はとても強い余震が連続していて、東北太平洋沖地震の南側、茨城沖の割れ残りが発震したら首都圏も大変なことになるだろうし、春めいてきたのに、昼夜、張りつめた奇妙な緊張感に包まれていた。東電グリッド内の埼玉は輪番停電があるという告知が市からあり、今後どうなるかわからないし、湯たんぽ買ってみたり、スーパーからは納豆が消えたので納豆を作ってみたりしてました(写真)。仕掛かりの仕事を片付けたらボランティアに行こうと思った頃。
「津波てんでんこ」や、ヘブン先生が『A Living God』で紹介した浜口梧陵の「稲むらの火」であるとか、教訓は伝承という形で常に語り継がれることでその効力を発揮するので、老人の繰り言と言われようがそれを語り継ぐことには、命を守る意味があるんです。
参考:
www.town.hirogawa.wakayama.jp/inamuranohi/...
'Made in USA' and Department of Defense codes imprinted on weapons fragments used to make American Tomahawks and seen in photos by Iran near bombed school. Latest story w/ @trbrtc.bsky.social and @johnismay.bsky.social www.nytimes.com/2026/03/09/w...
2011-03-10 20:52:28 何かわかった気にさせてくれるものに蓋をして純粋培養してあげよう
2011-03-10 20:54:58 肥大化した自我が蓋を押し上げて外気に触れたときにわかるさ
2011-03-11 05:48:05 ゆれてる、でかい!
2011-03-11 05:48:4 これはでかすぎる!
2011-03-11 05:50:57 津波注意だ、海岸線の人たちは逃げるんだ
2011-03-11 05:51:20 ひどい揺れだぞ、これは尋常じゃない
2011-03-08 18:19:27 現在をもとに未来を計算し続けるべきではないのか。
2011-03-08 19:47:56 左川近い
2011-03-08 19:58:14 森開社、左川ちかの訳詩集の準備が整った模様。月明けに入稿予定だそうです。
2011-03-09 19:15:25 GPS基長線、後で見てみよう
2011-03-09 19:17:19 あまねくすべての人に伝えたいことがあればそうする
2011-03-10 16:36:57 そろそろ、復興期の精神を書く奴が現れる
2011-03-10 16:37:14 それとは知らずに
前日に、注文していた左川ちかの詩集が届いた。その前後の、旧Twitterの投稿を掲示してみる。時間は+9。
2011-03-08 17:52:39 過去の詩人が先取りしている今と、今の詩人が先取りしている未来をはんだ付けしている。
2011-03-08 17:53:00 かなり確実に違っていくだろう
2011-03-08 18:04:00 詩人が今の人間のわかる言葉を使っているとは限らない
2011-03-08 18:14:45 未来を先取りして計算した結果をもとに現在を修正するということの意味について考えている。
3.9、宮城県沖で大きな地震があった。その後の余震は次第に減衰していくはずなのに(余震に関する大森公式: ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%... )
減衰せず、強い地震が連続して発生していた。何か変だな、と思っていた。
3.11の経験について、どんな人でも、年寄りの繰り言だと嘲われても、毎年、言葉にしましょう、表現しましょう。そのときに何があったのか、それを残すためです。後世の人に、そんなことはなかった、と言われないために。
けれどもこの宇宙は無慈悲だ。3.11が今も続いている。3.12もまだ続いているけれど、これは宇宙の無慈悲ではなく人災であり、カエサルに責任がある。そして今、自らの安心のためだけに戦争する者に全世界の人々の命と生活が脅かされている。全世界の人々は抵抗しなければならない、あらゆる人々の命と生活を守るために。その者だけの未来の安心から、未明の未来の不安=希望を取り戻すために。
いろいろ不安がある。自分とパートナーの命と生活、老いた母のそれ、兄弟のそれ、友人、仕事仲間、近い隣人と遠い隣人のそれ。不安とはなんだろう。いろいろな不安。一つは、予測した未来が確実に悪くなるのに逃れられないとき。もう一つは、未来が予測できずに未明のままのとき。どちらも現在から未来に架橋して未来を現在に引き寄せ従属させようとする、時制の因果律を支配する地点に自分を置こうとする、そうなれば安心だから。
今日のデモの演説たくさん聞いてたくさん勇気づけられたけど、なんでこの憲法ができたのかって私たちがあの時アジアのみんなを奪って殺して何もかも掠奪し切ったからだよな…平和は大事で殺されない飢えないために兵器より反戦でそれはそうなんだけど、それと同じくらいもう加害しない、殺さない、奪わない、絶対に2度と、の視点からのスピーチも同じくらいあるともっと嬉しかったなと思った(今日が東京大空襲で10万人が一夜で死に絶えたと言う話がフューチャーされがちだったので…)
ライトアップされた国会議事堂の写真。
#平和憲法を守る0310 、楽しいこと何もない会合にライブ会場のように人が集まっていた。複数人で参加してる人、ひとりで参加してる人(私含む)、ペンラやプラカを持つ人、静かに相槌を打ちながらスピーチを聞く人、参加してる人たちの切実な気持ちが伝わってくる時間でした
明日から為政者が心を入れ替えて平和憲法堅持、アメリカイスラエルのイラン攻撃批判に転じればいいのですがそうはいかないと思うので…これからもデモの情報があったらオタク垢でも共有します。平和にオタ活続けるために声を上げ続けます✌️🌈
途中で、川沿いにある猫の額ほどの畑に寄って、花の咲いた野沢菜とルッコラ(写真)を収穫して、背負ったラン用のザックに入れて走って戻る。10㎞。
[黒目日記20260310]
夕方、川沿いの歩道に走りに出る(写真)。土日の雪山の登下降で若干、筋肉痛だけど、体重が1㎏減ったので走りやすくなった。今週末日曜は板橋Cityマラソン、荒川の土手を42.195㎞走る予定。昨年は、みぞれ混じりの冷雨の耐久レースでしたが、今年は果たして?
参考:
www.gont.net/blog/?p=3531
そして4時過ぎ、昨夕に用意しておいた登攀用の装備や食糧をザックに詰め、半分凍りついた登山靴を履き、アイゼンを装着し、腰にはハーネスをつけ、昨夕、偵察に出て付けた、目標の尾根筋までのトレールを追って、被ったヘルメットにヘッドランプを巻いて点灯して、風雪で消えかけたトレールを追って、小雪降るなか目標のルートに挑むのでした。
シュラフから半身抜け出して、寒いけれどテントの入口を開けて夜空を眺めてみると、激しく流れる雲間から煌々と赫く星が見えるではないか。天候は回復して登れるかもしれない、そう思い、シュラフから全身を抜いて、またもや同じ、朝の餅入りラーメンを作るのだった。
23時頃、ようやく意識がぼんやりして、うとうとして、それでも断続的に目が覚める、というか、耳が冴えて目が覚める。冬型の気圧配置で北風が山を越えてくる。遠くからゴォォォと周囲の樹林帯を揺らす音が近づいてきて、その音と共にテントに飛雪が襲いかかり、ガサガサと音を立てる。何度もなんども。こんな状態なら明日のアタックは中止だよ、とぼんやり考えながら、うとうとしていたら、スマホのアラームが鳴る。2時50分だ。
それでもまだ寒くて眠れず、仕方がないのでシュラフに入れたスマホのラジコで、坂崎幸之助の番組を聴きながら、寒さを逃れるため何度も寝返りを打ち、シュラフの顔近くのコードを締めすぎて息苦しくなり、これを解いて深呼吸したり、時が過ぎるのをひたすら待つ。明朝の起床は2時50分だし、ラジオは20時半には消す。けれど、21時、22時になっても眠れない。喉が渇いて咳き込む。着替えの服で包んで枕にしていた水のポリタンから水を飲むと半分凍っている。マイナス10℃くらいか。
冬山の独りのテントの夜について。18時くらいには餅入りラーメンを作って食べてしまい、コンロの燃料も最低限なので暖房に使えず、19時以降、長い寒い夜が凍った口を開けて待っている。夏なら酒とつまみで眠くなるまで、だけど、冬山で酒飲んで寝るとその後に猛烈な寒さで寝られなくなるので酒はなし。早々にシュラフに潜り込む。両膝と両肘には保温サポーターを巻き、両足先と腰には使い捨てカイロを貼る。骨が露出する関節の部位から体温が逃げて寒さを感じる、これを防ぐことをしないとロートルは冬山で眠れない。
残念ながら、世界は自分の悪い予想のほうへと傾斜していますが、自分よ、怯えるな、怯むな、しっかりしなさい。誰でもいずれ死ぬのですから、生きている間に、自らができる最善の手を尽くしましょう、それが生きているということなのです。
世界はペルシャの唐草文様のタペストリーの日々の文様の繰り返しのなかに永遠平和を希求してきたのに、自分好みの世界にしようとタペストリーを解いて毛糸にして、たいした編み図もなく飛びついて戯れ、世界を分断と死の混乱に陥れた者たちが、どうなるか、ご覧ください。
なお、これを人間が行った場合は、まったく可愛くありません。
参考:
togetter.com/li/690536
「現政権と総理推しの国民にも一言」
「(同文)」