朝とえみりは親友でおそらくお互い大事に思ってはいるんだけど、でもえみりの中に同時にそれが重荷であるという感情が共存する、という事を視聴者に納得させるのなかなかすごい。
朝とえみりは親友でおそらくお互い大事に思ってはいるんだけど、でもえみりの中に同時にそれが重荷であるという感情が共存する、という事を視聴者に納得させるのなかなかすごい。
違国日記、原作漫画もアニメも見ながら思う事だけど、ここまでかなりパーソナルな内面に踏み込む漫画やアニメというのはまだ日本にしかないのではないか、と思う。
実写映画ならあるけども。
まあ飲み食いするものはご家庭と本人の体質によるかも。私お腹弱かったから〜
昔もやしもんで、アメリカでは風邪のときにコーラを飲むと読んでびっくりした記憶がある。
子供の頃、消化吸収能力落ちてる場合があるからコーラとか駄目って言われてポカリとかだったので…
ロシアではウォッカ飲むって言うしなあ(同人誌情報)
ところ変われば病気の時の飲食物も変わるねえ。
炭酸ジュース飲むって言ってたもんねえ。
ぶどうはまだわかる。ビタミンとかさあ
牡蠣ビリヤニとライタ
チキンビリヤニ
ラッサムとライタ
ホットチャイ2つ
この間ロシャオ2をチネチッタに見に行って、見る前に…何て店だっけな、比較的最近出来たらしくてケララキッチンじゃない方…に新規開拓!と入ってみて、牡蠣ビリヤニとチキンビリヤニを頼んで友人とシェアしたんだけど、見た目も添えられた野菜(トマトと紫玉ねぎ)も全く一緒で、牡蠣かチキンかの違いだけなのかなと思ったら、スパイスはしっかり変えてあって、味が違って面白かった。当たり前っちゃ当たり前なんだけど、この素材ならこれってのがあるんだね。。私はチキンのが好みだったな。
夜ご飯もりもりはさておきクッキーもともかくココナッツポッキー念のためあたりからよくわからなくなってきた
何だ念のためって
積み上がった本の上に乗る黒猫のコースター。 近くのマグカップから湯気が出ている絵柄。 緑系の色が主。
義兄にもらったコースター。もう一種類もらったけど、可愛かったので母にあげた。
3月14日のネコたち
しまう派、のばす派
いや頑張らないぞ、淡々と淡々と。
一個ずつ一個ずつ。
Twitterに昨日のフリーレン流れてきて、やっぱりうまいアニメ見ると私も頑張ろーって気になるなー
森氏の原作小説がやたら綺麗で凝った装丁で本屋に並んで、それを買って読んだ記憶があるんだが、それが高校くらいだったのかな…
あれ…高校くらいに見たような気がしたんだけど…
Notte見るためにHuluに加入したら副産物でスカイクロラが見られるのでスカイクロラをかけながら仕事をしてたんだけれど、スカイクロラって2008年…?もっと前だと思っていた…
同居人にちょっかいを出そうとしてちょっかいを出され返す猫太郎
猫太郎〜!!!!!!!
猫太郎〜!!!!!
ぽんぽこを模倣する作品はあるだろうけれど、あの作品に比肩する作品は未だないな、と思う。
その強者側が、実際世界では弾圧を行っていても、創造物の中では対話を行いましょう〜と言っていて、おいおいどの面下げてと思ってしまう訳で
強者側や体制側は、力がある分弱者側に膝を折るなどという事はしないのだから、その強者側が言う対話って、対話ではないのでは…?弱者側に不平等条約を押し付けているのでは…?と思ってしまうのですよよよ。
あとレジスタンス側が打倒される事、もしくは悪役を受け入れる事に正当性を感じる人が多い事も疑問がある。
私も現実世界で武力による抵抗はよくないと思っているし、対話を選ぶべきとも思っているけれど、同時にそれはある程度仮初であっても平和で恵まれた社会にいるからこそそういえているのかも知れず、本当に迫害や弾圧をされてギリギリで生きている人々に抵抗するなと言えるのか、と近年ガザの人々を見ていて思うのですよ…
仕事も住む場所も奪われたり制限され、弾圧を受けている人に、これ以上身を削って怒りを抑えて対話を行えと言うのかと…弾圧を受けている時点で、対話のテーブルは公平ではなく、勾配があるのに…
本当にいい作品というのは、実は当たらない作品の中にこそあるのではないか…
何というか、だいたいいつもレジスタンス側が掲げた正義が、やがて欺瞞が暴かれて体制側に打倒される、と言う構図が多く、まあ致し方ないのかもしれないけれどもそれで良いんかいなと言う。問題はそれを見て、感動したり素晴らしい、と言う観賞後の感想が出てくることなんだよな…
ぽんぽこって、レジスタンス側が体制側に勝つために、変化を駆使して体制と同じ力を手に入れようとするけれども、そうする中で階級が生まれてしまい、結局体制と同じ構造となってしまう、と言う居心地の悪さと、体制の悪辣さが最後まで改善されず、悲しさと居心地の悪さを最後まで持たせる訳で、高畑作品の秀逸さってそこなのではないかと思う。
まあエンターテイメントなので、見た人が気持ちよくなる作品がウケるし、商業なので仕方ないんですけれども
普段リベラルな発言をしている層も割とそこらへん無抵抗に受け入れていて、ふうん、となる。
昨今、多様性とか和解を謳いながら、結局は権力側に都合が良い作品が多く見受けられ、それを安直に素晴らしいと言う気持ちには、私はなれぬ…
ロシャオ1、路線はぽんぽこなのに、人間社会が拡大されて割を食っている自然と妖精界、つまり滅びゆく弱者側とも言えるべき界隈が、『人間も悪いものじゃない』と言うのはあまりにも拡大勢力であり強者側に都合が良すぎんか、と思った。結局強者側に馴染んで生き残れるのは弱者側の上位層で、この構図はぽんぽこでも描かれているけれど、ぽんぽこはもっと容赦がなかった。
カメラワークグルングルンするのに、時々何となく演出がぶった斬られるような急に横からの走りのシーンがぶっ込まれるのは、NARUTO走りを入れたいのかなとか…