デモや抗議をする他人の主張の内容に「正しいのは判るが、その意見に同意しないのはおかしいっていう圧力をかけられるのが嫌だ」ってなる人のことを以前から考えているけど、そういう人の意見を読んだり何度か考えたりしてるうちに「あいつ○○(ゲイとか特定の宗教の信仰者であるとか)なんだって、怖〜(笑いながら)」の「怖い」と似ているのではないかと思うようになってきた。
デモや抗議をする他人の主張の内容に「正しいのは判るが、その意見に同意しないのはおかしいっていう圧力をかけられるのが嫌だ」ってなる人のことを以前から考えているけど、そういう人の意見を読んだり何度か考えたりしてるうちに「あいつ○○(ゲイとか特定の宗教の信仰者であるとか)なんだって、怖〜(笑いながら)」の「怖い」と似ているのではないかと思うようになってきた。
✍️署名のお願い✊
札幌の中心を通る地下通路(めちゃくちゃ広くて信号無し、温度も保たれてるのでみんな歩く)で、日本会議がまた歴史否認的な展示をする申請をして、札幌市が許可を出したらしい…。
北海道の中心とも言える市がそんな態度でどうするの🥺
アイヌ文化やアイヌの存在そのものを否定したりデマで傷つけさせたりしないために、署名にご協力ください。
「アイヌ民族ヘイト」は人権侵害です! 札幌市に防止策を求める署名運動にご一緒ください
www.change.org/p/%E3%82%A2%...
英語圏のドラマを見ていたら「生存の為の自然な欲求」という文脈の「nature」を日本語の「本能」と翻訳していて、逆に日本語で使われる「本能」(男性が他者に加害することとかを擁護するのに持ち出されるやつ)という言葉を「自然」とそれ以外に分けられるのでは?と思った、のだが、「自然」は「自然」で「後天的、文化的な常識や規範に沿うこと」という意味でも使われちゃってるので、やっぱダメかぁ〜、となるなど。
黒い布に「反♡戦 人民パンク THE PEOPLES PUNK」の白い文字。
ここ2、3日、寝起きに手が浮腫んで痛くて、心当たりがめっちゃあって(同僚と外食とか新メニューの試作とか頂き物とかで、食べたものの塩分が明らかに普段より多かった)、今日は塩分抜くか〜と茹でブロッコリー(味付けなし)とかを食べたりしてた。だいたいの野菜は、生か茹でる蒸すかで、そのまま食べるの平気。
僕は作品に対しての怒りやカウンターの表現としての二次創作は大好きだし、そもそも二次創作は「原作で描かれていたことを改変して=『創造して』描く」ことなので、「無かった過去を描く」ことについて言ってるのではなくて、辛い環境に居たキャラを幸せに描くことの発想が「血縁家族に恵まれて周りの皆と同じような日常を過ごすこと」に帰着し、その感覚を共有する人達が「その日常を得られないことで成立したアイデンティティを持つキャラ」をどう捉えてるんだろう、と思っちゃうなーという話。
血縁家族との関係に恵まれなかったけど生き抜いたキャラクターのif二次創作で、家族がみんな善い人で楽しく子供時代を過ごした場合のほのぼのを見かけると、このキャラクターが生きてきた全てを、こんなに軽々と否定して楽しむのって凄いことだなって(褒めてはいないが、否定や批判ではない。フィクションとは本当に凄い、凄まじいことだ、というような意味。まぁ、個人的には、ものによっては結構引くので、余りお近づきになりたくないなとは思う)。
他国の基地などを攻撃する「反撃能力」としても使う長射程ミサイルの初めての配備に向け、防衛省が早ければ8日の深夜に配備先となる熊本市の駐屯地に発射装置などを搬入する方針を固めたことが分かりました。「反撃能力」としても使うミサイルの配備は今月、各地の駐屯地などで始まります。/もちろんこれは「反撃能力」ではなく
、「攻撃能力」ですね。
news.web.nhk/newsweb/na/n...
トランプ大統領「イランの民主化は必要ない」CNNインタビュー newsdig.tbs.co.jp/articles/wit...
"アメリカのトランプ大統領はイランについて、アメリカとイスラエルに友好的であれば「民主的な国家となる必要はない」という考えを示しました。"
1週間前にはイランに悪い独裁者がいて民主化運動を弾圧している。だから攻撃して独裁者を暗殺し圧政から市民を解放した。とかいう建て付けだったと思ったが、もうそんな建前も無かったことにしてアメリカに服従しろと言う、「悪い独裁者」がすげ変わっただけじゃないか。「イランにおいて」どころか「民主主義」を憎んでいるんだろう。エネミーめ。
あと「羨ましい」を「妬ましい」というニュアンス強めで使うのもちょっと抵抗ある。「いいなぁ、素敵だなぁ」みたいに捉えているので。
そういうふうに使っていない人がたくさん居ることは判っているのだが…。
「ずるい」を「不正をする」という意味と捉えているので、自分より何かが上手いとか、恵まれているとかの人を「ずるい」と表現するのは、僕は抵抗がある。絵が上手い人も生きやすい身体に生まれた人も、不正はしてないのでは?と思うので。
研究者、弁護士百人以上が呼びかけた「国家情報局」創設反対署名です。
c.org/nLWpLbDT9j
今日の報道によると、首相はパランティア関係者と会談したそうです。万が一技術協力をしたら大変です。
パランティアは膨大なデータを結びつけて疑わしいターゲットを絞り込むことに長けたテック企業です。
米国移民管理局ICEによる摘発や(死亡事故あり)、イランの攻撃ターゲット絞り込みにも関与した企業です。
問題は、従来よりも膨大にターゲットが増えて、被害者も多いことです。
マイノリティが自分の権利を守る為、存在を消されない為に名乗る言葉をマジョリティが無知を装って間違って使うことの暴力的な傲慢さや加害性と、それを指摘すると「あなたが事前に丁寧に無償で説明しなかったから悪い、そんなこと言うならもう無視しますね!」とか言い出す差別者と、そういう差別者の機嫌を悪くしない為に「(消費の対象として面白ければ)マイノリティについて知る必要はない」と宣う人のこと、本当に「悪意はない」で片付けていい訳ないだろ、と改めて何百回めかの怒り。
「カミングアウトを強制してはいけない」とか「GIを推測してはいけない」は一般論ではもちろんそうだけど、「トランスジェンダーである」と名乗らないと社会構造や一般意識を変えられなかった歴史や、名乗ろうが名乗らまいが、「そうだ」と認識され、暴力や虐待を受けたり、家や地域コミュニティにいられなくなったり、教育を受けられなかったり、お金を稼ぐのがたいへんだったり、そういうシスジェンダーを当たり前とする眼差しや社会構造や制度に苦しんできた人たちがいた/いることの延長線上に「トランスである役柄はトランスである俳優に」というスローガンがあることを考慮せず、「強制はだめ」「推測は軽率」と言うのは、都合よすぎる。
にも自分のやってきたことを軽視されていると感じたし、自分だけでなく産業内/境界で、こういった問題に取り組んできた、トランスである人たちの実践に関心を寄せてもこなかったのに、いきなり背中から撃ってくる感じがしています。
きました。
もちろん、「他者のジェンダーを詮索する」とか「カミングアウトを強制する」ということは問題だと思う。
しかし、表象をめぐる社会へのネガティブなものを中心とする影響は軽視できず、また産業内での労働機会の欠如や待遇の不均衡といった問題は、その産業だけの問題ではなく、社会全体の問題とも通じるはず。その差別に関わる諸問題と通じるスローガンであるはずの「トランスの役柄はトランスである俳優に」に象徴される運動や実践と社会背景を無視して、そのスローガンに関わる話題を無視し、「良いこと」としてのみ取り上げるのはずるいと思うし、欺瞞的と感じてしまう。
だったら「オネエ」で何が悪いのか?
さらに、個人的
大きな社会での運動の実践や歴史を無視し、日本と比較すらせず、
〈はるな愛、中村中、望月春希などといった存在のジェンダーについて細かく考えていくことはしないし、本人たちがとくに公表していない部分をことさら知る必要もない〉
〈ポジティブに描く本作は、大きな意味がある〉
と書くのは、ひどいなと思いました。
realsound.jp/movie/2026/0...
わたしはこのテーマについて、キネマ旬報、早稲田大学演劇博物館での企画展「Inside/Out ─映像文化とLGBTQ+」の図録、ウェブメディアなどで何度か「トランスの役柄はトランスである俳優に」というテーマで書いてきたし、SNSでも書いて
小野寺系さんの『This is I』の評を読んだ。
はるな愛さんは、生まれたときに「男性」と割り当てられ、同性愛の性愛指向を持つ人や割り当てられた性別に自己を一致できず移行する人たちが、主にメディア産業を通して、「オネエ」という蔑視混じりのキャラクターを引き受け、その蔑視を広げる担い手でもあったはず。もちろん、個人として生き延びる術だっただろうと想像する一方で、そのイメージの流布に苦しんだ人は、わたしだけではなかったと思う。
そうした功罪を踏まえないことや、アメリカでの「トランスの役柄はトランスである俳優に」というスローガンと、その旗の下の産業内のマイノリティの機会や平等を求める運動や、さらに
僕もたぶん知らない属性のことや知らない社会問題のこと、言葉が当事者にストレスをかけることがあると思うので、まずは話を聞こう、注意されたら感謝して学ぼうと思うけど、「配慮してあげよう」という優位な立場からの「施し」のような物言いは、知識自体の有無とは違う問題だよね、やっぱ。個別の差別や膨大なカテゴリ名よりまず、自分の社会的立場と基本的人権について皆が共有するようにしないと、一個言葉を直してもずっと同じことが続く。
LGBTって言うのをやめてSOGIって言いましょうよみたいなのも、なんか単純に知識がないとか勘違いとかではない気がする。悪気はないのが判ると余計にしんどい。
ああ言えばこう言うところがあるが結局黙っているが、「ジェンダーの人、発達の人、精神の人」、「あなたにはないのか ジェンダーが」「ないのか発達が」「ないのか 精神が…」
発達障害があることを「ハッタツだから」って言うやつとか、
精神障害があることを「精神の人」とか言うやつと似てる
その話をするならば、発達も精神もみんなにありますので!ってなる
雑語り…
また違うけど、「トランスジェンダー」について「ジェンダー」って略すのも、それはあかんやろってなる
みんながみんなじゃないけど、大体当事者コミュニティのひとちゃうからよりやだみがあるし
レズビアンコミュニティのひとで、
レズビアンとしての性的指向のことを「ジェンダー」「自分のジェンダーについて〜」って発信してること見かけることも多くない?
色々、可能性を考えたけど、やっぱり発信という意味では特に、わりと問題ある表現だと思う
どこからそうなったんだろう…って思う
え、今日、寒いのか。自分だけ体調悪いのかと思ってた…。
「来館者を増やすなどの取り組みとして、常設展示の強化が挙げられた。自館が所有する国宝や重要文化財など目玉作品の公開期間の拡大」
この件、ちょっと前に財務省から出た話として投稿したけど、公開期間を定めているのは作品保護のため。いっときの「稼ぎ」とやらのために、作品劣化の危険を犯し、文化財を未来へ受け継ぐ責任を蔑ろにするのは、どうかしているとしか。
国立博物館や美術館に収入目標、未達成なら閉館含め再編検討…30年度までに文化庁
www.yomiuri.co.jp/national/202...
それでもこれに「男児向け/女児向け」というジャンル分けとの重なりがあるように見えるのは、児童向けコンテンツ製作の現場、市場、消費者(児童にコンテンツ閲覧の許可をしたり、関連商品を買ったりする立場の保護者)に、ジェンダーロールの強固な内面化があるからでは。
マジョリティ性/マイノリティ性はひとつだけが描かれることはほぼ無い(キャラクターも物語の舞台も立体的に魅力的にしようとすれば様々な要素が持ち込まれる)ので、殆どの変身はふたつがどの程度ミックスされているかになる。ので、この分類で変身もの作品をサクッとふたつに分けることはできないだろうな。「分類の例外が多い」と言うより「典型例が少ない」。典型例をやると全然面白くないので。
暫定まとめ
左派的変身もの:個人の連続性が重要なので互換性がない。
個人の目的達成の手段としての戦闘(暴力による敵の殲滅とは限らない)。
敵は「自己実現の障害になるもの」で、戦闘を通した成長が見せ場。
マイノリティ(この社会では成長が望まれていない)が主人公や想定視聴者で、敵は社会やシステム(の象徴)であり、それを超えて(或いは破壊して)自己実現することが物語になる。